12.意図が読めない
エドワード様と不思議な邂逅があったけれど、誰に言うこともなく、さして気にしていなかった。
きっとたまたまだろう。
後継者教育や婚約者探しを、四六時中しているわけでもないだろう。ましてや、エドワード様は学園を卒業したばかりだ。そのことを加味すれば、息抜きの合間にたまたま私がそこにいただけだろう。
そう考えるとむしろ、せっかくの息抜きに邪魔をしてしまって申し訳なかったなと思う。
今後はマティルダさんあたりに、侍女が誰もいない時間を確認して欲しいものだ。
「ジェイン。今日は何の仕事をしているんだ?」
「……」
呑気なことを考えていた数分前の自分に言いたい。その考えは違うと。
後ろから話しかけられて、錆のついたブリキ人形のようにぎこちなく振り返る。
そこにはエドワード様が、壁にもたれるようにして立っていた。
普通に考えればだらしない体勢のはずなのに、様になりすぎている。
むしろ気だるげな様子が、とんでもない色気を放っている。この人、本当に私より年下でしょうか?
「……私の仕事はひと段落したので、今は他の者の手伝いをしているところです」
「熱心だな」
「私は侍女ですので、フォーサイス公爵家のために働いているだけでございます」
3回も個別に声を掛けられれば、偶然というのは厳しい。何かしら私に用事があると考えてよさそうだ。
とはいえ、下っ端侍女に用があるなんて、あまりいい意味な気はしない。
「それで何か、ご用命でしょうか?」
聞きたくない気持ちもあるけれど、聞かないことには先に進まない。嫌なことはさっさと済ませてしまおう。
そんな風に考えて発した私の言葉に、エドワード様は虚を突かれたような顔をする。
「……用、か」
「はい。この間から私に用があって、話しかけにきていたのではないのですか?」
私の予想に反して、エドワード様は考え込むように顎に手を当てている。
あれ、もしかして本当に偶然?
少し不安になっていると、エドワード様はくすりと笑う。
「そうだな。少し話し相手になってくれないだろうか」
「……へ⁉︎」
今度は私が虚を突かれる番だった。
なんですかその、さも今思いつきましたと言わんばかりの顔は。
さっきまでの色気とは違う、どこか幼さを感じるその表情にドキリと心臓が跳ねる。
「知っての通り、俺は学園を卒業したばかりでね。屋敷の管理も追々覚えていく必要がある。父上の指導でも学べることはとても多いけれど、実際働いている者のことをその目線で知りたいんだ」
「……」
本当にこのお方は器が違う。ここまで使用人に寄り添ってくれるのであれば、使用人達のフォーサイス公爵家への忠誠心は高くなる一方だろう。
あまり思い出したくもないが、縁談が進みそうだった時に相手の屋敷に訪れた際は、使用人を道具として扱っていたように思う。
それに対してジェインの家族は、使用人を道具のように扱っていたとかそういったことはなかった。
何かイベントに応じて報奨を与えていたし、使用人たちも皆笑顔で働いていた。
それらを思い返すと、ここほどではなかったかもしれないけれど、アトウッド伯爵家も良い職場であれたのではないだろうか。
もしかしたら、私の過大評価かもしれないけれど。
「ジェイン?」
「はっ。申し訳ありません」
「いや、具合が悪いのか?」
「問題ありません。あまりにもエドワード様が謙虚だったので驚いてしまったのです」
「そうか? まあ、父上には常々言われているからな。『今の我々が公爵家でいられるのは先祖のお陰で、これから我々が行動で返していくのだ』と」
「そうなのですね。ですが、私達は旦那様のお陰で不自由ない生活を送れています。とても感謝しています」
「それで?」
「?」
急にエドワード様から問われ、思わず首を傾げてしまう。
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、エドワード様は言った。
「俺に色々教えてくれないか?」
そうだ。さっきそう聞かれていたんだった。
「……私より適任者はいると思うのですが」
まだ私は2年ほどしか働いていない。もっと長く働いている、ヴァイオレットなどが適任だと思うのだけれど。
小さな声で言うと、エドワード様は少し考え込んでから言った。
「そうか。ジェインは俺と話すのが嫌か?」
「い、いえ! そういうわけではなく!」
「じゃあ良いな。よし、行こう」
「え? え?」
失言したと顔を青くする私に、エドワード様は強引に、けれど優しく腕を引く。
混乱しつつも流されるようについていこうとして――はたと気が付く。
「え、エドワード様! まだ仕事中ですので、えっと、あとで時間を作ります!」
「大丈夫だ。マティルダには許可を取っている」
「へ⁉︎」
「1時間くらいなら良いと、許可を取っておいた。あちらに準備もしてある」
それは本当か⁉︎ いや、エドワード様はそんな嘘を吐かないだろう。
だとしたら最初からそのつもりで? というか私? 何故だ。
混乱する私を、どこか楽しそうに連れていくエドワード様。
これで怒られるの、私なんだろうなぁ。
エドワード様を疑うわけではないけれど、大体しわ寄せはこちらにくるのは下っ端の定めだ。
マティルダさんも、やたらめったらに怒る人ではないけれど、小言はあるかもしれない。
まあ、何とかなるか。何せ、エドワード様がとても楽しそうなのだ。水を差すのも、なんか申し訳ないし。
諦めて受け入れた私は、手を引かれるままエドワード様について行くのだった。
◇◇◇
連れて行かれたところは、そう遠くないけれど人気がないところだった。
東屋があって、そこに茶器とスイーツが置かれている。
既にそこには誰もいなかったけれど、明らかにエドワード様のために用意されたものだった。
エドワード様は慣れた様子で、私を椅子に座らせる。
流石、エスコートが完璧だ。侍女にしているという、違和感はさておいて。
エドワード様も向かいに座る。
ここで、ティーポットはあってもカップの中が空なことに気がつく。
ティーポットには中身が用意されているらしく、エドワード様が持ち上げてカップに中身を注ごうとしていた。
「お待ちください。エドワード様に、そのようなことはさせられません」
「じゃあ淹れてくれるか?」
またいたずらっ子のような笑みを浮かべていて、もしかして嵌められたのだろうかと頭の隅で考える。
それを理解してもエドワード様にやらせるわけにはいかないので、諦めて腹を括る。
「……ほとんど淹れたことはないので、味の保証はできません」
「構わない。中身は用意してくれているから、溢さない限り大丈夫だ」
それでも本当の紅茶は、ティーポットからカップに淹れるだけでも気をつけることが多い。
けれど今までやったことがない上に、知識もかじった程度だ。
絶対にエドワード様にとって、今までで1番不味いお茶を飲むことになるだろう。
いや、もう知らない。私はエドワードに言われたから淹れるだけ。ちゃんと警告はした。
開き直り、ティーポットをエドワード様から受け取った。
「面白かった!」「続きが読みたい!」と思ってくだされば広告下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をポチッとお願いします!
いいね、ブクマもとても嬉しいです。




