11.偶然ではない
「ジェイン?」
エドワード様の声で我に返る。どうやら過去の旅に長く出すぎていたようだ。
「どうかしたか?」
あまりにもぼうっとしていたのだろう。エドワード様が少し眉根を寄せながら、私の顔を覗き込んでくる。
「いえ、何でもありません。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、大丈夫ならいいんだが」
納得できていなさそうなエドワード様に、少し本音を漏らす。
「昔のことを思い出していただけです。エドワード様は、とてもご立派であらせられます」
「いや、俺はまだまだ未熟者だ」
「いいえ。その謙虚さと優しさは、私達の心を救ってくださいます。私はエドワード様にお仕えすることができて、とても幸せです」
「……」
つい重いことを言ってしまった。私は内心で反省しつつ、これ以上ボロが出ないように立ち去ることを決める。
「差し出がましいことを、申してしまいました。私はこれで失礼いたします」
「あ、ああ」
エドワード様から了承も貰えたので、さっと籠を抱えて速足で立ち去る。
その後も仕事を淡々とこなしながら、けれど気持ちはどこか遠いところにいた。
仮に私が当時、使用人たちに感謝を伝えていたからと言って、状況はなにも変わらなかっただろう。
けれどもっと彼らに何か出来たのではないかと思う。去っていった彼らだって、本当にギリギリまで働いてくれた。
どんなに後悔したところで、私はもう令嬢としてあの家には戻らない。過去にも戻れない。
もし、いつか会えたなら。『あの時はありがとう』と伝えたい。それくらいはしたいと思う。
それまで、行き遅れはちゃんと身の丈にあった人生を送ろう。
もう働く側であって、お世話される側ではないのだから。
そう自分に言い聞かせていた。
◇◇◇
「やあ。今日も仕事に精が出るな」
「……」
エドワード様と予想外の邂逅から数日後。
これまた予想外のことに、私は言葉を失っていた。
今日の私は洗濯係ではなく、掃除係だ。埃一つ見逃さないように、丁寧に拭き掃除をしていた。
今は数あるうちの1つである客間の掃除をしていた。
ただこの場所、本邸ではなく別邸である。お客様というより分家のための部屋である。
今回はたまたま、管理の目的で綺麗にしているのだ。もちろん、部屋数が多いので皆で手分けして掃除している。
だからエドワード様が、ここにいる理由がさっぱり分からない。ついでに部屋の扉からではなく、バルコニーから声を掛けられた。
色々規格外すぎて、言葉を失ってしまったというわけだ。
聞きたいことが山ほどあるのに、それは何1つ言葉として出てこない。
そんな私に気が付いていないのか、部屋に入ってきて周囲を見ている。
もしかして、仕事の出来を見られている? え? 何かやらかしている?
とりあえず無視して仕事するわけにはいかないので、緊張で張り付いた口を開く。
「えっと、ここは2階だと思うのですが……」
「そうだな。けれどこのくらいの高さなら、割と簡単に登れるぞ?」
「……もしお怪我でもされたら、皆の寿命が縮まりますのでお控えいただけると幸いです」
事もなげに言っているけれど、怪我をされたら堪ったものではない。
私のような下っ端侍女は何の影響もないけれど、側近は胃痛で穴が開くと思う。
「ははっ。すまない。一応側近には伝えてあるから、安心してくれ」
わあ。笑顔が煌めいている。これは殺傷能力のある笑顔だ。
エドワード様は、本当になんで婚約者がいないのだろう。使用人にも優しく、こんなにも魅力的な笑顔も出来るのに。
家柄も完璧。旦那様も奥様も人格者で、まさに優良物件なのに。
エドワード様の理想が高いのかな。
内心そんなことを考えていると、エドワード様が少し頬を染める。
「……そんなに見つめられると、照れてしまうんだが」
「……失礼いたしました。エドワード様があまりにも魅力的でしたもので」
「え」
見つめてしまったことは事実なので、素直に謝罪する。ついでに少し持ち上げることも言えば、気分を害することはないと思う。
まるっきりお世辞というわけではなく、本心でもあるので問題ないはず。
けれど誉め言葉なんて慣れているだろうに、エドワード様は私の言葉に衝撃を受けたようだった。
エドワード様の様子に私も驚いてしまい、2人揃って固まってしまう。
十数秒ほど経ってから、ハッとしたように咳ばらいをするエドワード様。
「いや、すまない。大丈夫だ」
「そ、そうですか」
何がとか野暮なことは聞かない。聞かない方がお互いのためだ。
「……君は――」
エドワード様が何かを言おうと口を開いたその時。
「ジェイーン? どこにいるのぉ?」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
しまった。つい長話をしてしまったが、まだ掃除する部屋は残っている。
けれどエドワード様をそのままにして立ち去るわけにもいかない。
「申し訳ありません、エドワード様。まだ仕事が残っていますので失礼いたします」
「ああ。時間を取ってしまってすまなかったな」
「とんでもございません」
そう言って、せめて部屋を出るまでは見送ろうと扉を開けようとしたが、エドワード様は再びバルコニーに向かった。
「それじゃあ、頑張ってくれ」
「あ! エドワード様⁉︎」
そう言うとヒラリと身軽に、バルコニーから降りた。
驚いてバルコニーに飛び出して下を見ると、エドワード様は既に本邸に向かって歩いていた。
怪我をしている様子はないけれど、見ているこっちはハラハラしてしまうのでやめてほしい。
それにしても運動神経がいいな。どうやって降りたんだろう。
その一瞬が見れなかったのが、少し残念だ。いや、見れたら見れたで止めるんだけれど。
何しにきたんだろう。エドワード様の行動が全く読めない。
考えに耽る前に再び私を呼ぶ声が聞こえて、慌てて戻るのだった。




