10.偶然の邂逅?
リリーの言葉に、私は狐に摘まれたような心地になる。
けれどリリーは一度言い出したら、箍が外れてしまったのか、興奮したように続ける。
「私だって切り替えましたよ⁉︎ 男爵家の者が公爵家に嫁入り出来るわけないって! でもそれとこれとは話が別じゃないですか! あんな綺麗な顔があって、何故ほぼ平常心なんです⁉︎」
「あーうん。なるほど」
リリーが言いたいことが何となく分かる。
分かるが、それを私に聞かれてもである。
「うんうん。リリーは私にヤキモチを妬いてるのかな?」
「そうです! あんなに近くでエドワード様を……っ。これが羨ましくないわけないじゃないですか!」
「若いって良いねぇ。可愛いねぇ」
「ちょ! 恥ずかしいです!」
切り替えたと言ってはいるけれど、気持ちがすぐに追いつくわけではない。
だから私が羨ましいということだろう。正直に言うその素直さが可愛くて、思わずリリーの頭を撫でる。
言葉では拒絶しつつ、私の手を退かそうとしないのが何ともいじらしい。
頬を赤く染めつつ上目遣いで私を見るのが、更にこちらの感情を昂らせる。
「エドワード様よりリリーの方が魅力的だよ。可愛いねぇ」
「いえ! エドワード様の方が魅力的に決まっているじゃないですか! くぅっ! 何故エドワード様にはそんな顔にならないのですか!」
どうやらとても甘い顔をしているらしい。確かに頬が緩んでいるのを自分でも自覚している。
「いやあ。今はどう考えてもリリーに軍配が上がるねぇ。ちょっとジェイン、場所変わってよ」
「えーもうちょっと」
「ジェイン、後ろがつかえているわ」
「ヴァイオレットまで……仕方ないなあ」
オリーヴだけでなく、ヴァイオレットもソワソワとしている。
仕方なく場所を譲ると、リリーは納得いかないと声を張り上げる。
「私じゃないです! あ、ちょっ! 2人いっぺんは――」
2人にもみくちゃにされて悲鳴を上げるリリー。
疲れで逆にハイになった私達を、リリーが止められるはずもなく。
公爵邸の一室に悲鳴が上がったのだった。
◇◇◇
パーティーから数日後。
すっかり日常に戻り、仕事に精を出していた。
今は洗濯物を干し終わり、一息ついたところだ。
水分を含んだ洗濯物はとても重い。重労働の分類なので、皆できれば避けたいと思うのは当然のことだ。
けれど私は青空の下、風に靡く洗濯物を見るのが好きだ。
苦では無いというのは嘘だけれど、心まで洗われる気がする。
洗濯物を暫く眺めて、そろそろ仕事に戻ろうと籠を持ち上げる。
屋敷に戻ろうと歩いていると、風が強く吹いた。
洗濯物が一際大きく靡いて、視界を埋め尽くす。もう少しで洗濯物ゾーンを抜けられるからと、避けながら歩いていたのが良くなかった。
洗濯物がフワッと戻ると同時に、目の前に人影が見える。
あっと思った時には遅く、目の前の人物にぶつかってしまった。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさ――」
そこまで言って、体がビシリと動かなくなる。
この声の主に聞き覚えがあったからだ。
いやしかし、こんな場所にいるはずもない。
確認しないわけにもいかなくて、恐る恐る顔を上げる。
いつぞやの時のように、顔が思ったより近くにあって、今度こそ固まった。
ぶつかった勢いはそれなりにあったのに、私が倒れなかったのは、腰にしっかり腕が回っているからだ。
「えっエドワード様……」
「すまない、怪我はないか?」
その一瞬の出来事が、とても長く感じた。
見つめ合ったのは数秒か、数分か。
金色の瞳に吸い込まれそうになるも、我に返って飛び上がるように距離を取る。
「も、申し訳ありません!」
「いや、こちらこそすまなかった」
本当にエドワード様だった。何故こんなところにいるんだ。ここは洗濯物を干す場所で、特に本邸から距離がある。
あまり公爵家の人間は来ない場所なのだ。実際、勤め始めて2年。ここで旦那様や奥様にも、会ったことはない。
どうしよう。何か用事が……? もしかして、誰かと逢い引き? 邪魔してしまっただろうか。
慌てている私に、エドワード様は微笑む。心なしか、後光が差している気がしなくもない。
わあ。リリーがまた羨むであろう状況だ。
いや、そんな呑気なことを考えている場合ではない。
「……君はジェイン・アトウッドだな?」
「は、はい」
凄い。ちゃんと私の名前を把握している。ほとんど関わっていない侍女を認識しているなんて、流石はフォーサイス公爵家の嫡男だ。
それよりここからどうしよう。もしかしたら誰かとの逢引きかもしれないし、お邪魔虫はさっさと退散しよう。
怒っている様子はないし、きっとぶつかったことは不問にしてくれる。どちらかというと、逢引きを邪魔したことの方が不味いかもしれない。
「大変申し訳ありませんでした。それでは私は失礼させていただきま――」
「洗濯は大変だと聞く。貴女たちのお陰で、俺たちも良い生活が出来ている。ありがとう」
「っ⁉︎ と、とんでもないことでございます。公爵家の皆様の安寧を守るのが、侍女の務めです」
まさに青天の霹靂。声が震えそうになるのをなんとか堪える。
私も数年前は、伯爵家で侍女たちにお世話をしてもらっていた。
その頃のジェインにとって、それは当たり前のことで、侍女たちは存在して当然の存在だった。
けれどそれもただの虚像なのだと知ったのは、災害が起きてからだった。
今までアトウッド伯爵家で働いていた者たちは、お父様の紹介で次々と屋敷を去っていった。
もうアトウッド伯爵家は満足に給料を払えず、使用人たちの生活も出来なくなるというところまで来てしまったからだ。
その際、お父様は使用人たちが新しいところでもやっていけるように、色々なところに働きかけていた。
今いる数少ない使用人たちは、アトウッド伯爵家に深い忠誠を誓っている者たちだった。
苦しい状況で、お父様が離れるように言うも、断固として首を縦に振らなかった者たちだったのだ。
当時はやるせない気持ちになったけれど、働く立場になったからこそ分かる。残った彼らも去った彼らも、どちらも間違いではない。
ただ自分達のために働いてくれていたことがどれほど有難いことなのか、改めて実感することが出来たのだ。
きっと災害が起こらなければ、分からないままだった。失って初めて気が付いたのだ。
それをエドワード様は、成人したばかりだというのに当たり前のように理解してらっしゃる。
器の違いというものを見せられた気分だった。
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