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第九話 「似ているもの」

午後の倫理の授業。


山本葵は、ぼんやりと先生の話を聞いていた。


「つまり、人間は“自分とは何か”を昔から考え続けてきたわけです」


黒板へチョークの音が響く。


教室には、

どこか眠たげな空気が漂っていた。


窓の外では運動部の声が遠く聞こえる。


葵は小さく欠伸を噛み殺しながら、

黒板の内容をノートへ写していく。


“自己”

“他者”

“認識”


漢字ばかり並んでいて、

正直あまり頭へ入ってこない。


先生は何やら難しいことを話している。


でも。


その言葉を聞いているうちに、

葵はふと違和感を覚えた。


――なんか。


これ、

どこかで聞いたことがある。


先生の声を聞きながら、

葵はぼんやり考える。


“人は他者との関係の中で自己を認識する”


“言葉によって世界の見え方は変化する”


“人間は認識したい生き物である”


どこか。


どこか、

かなでの話に似ている気がした。


葵は思わずペンを止める。


黒崎かなで。


放課後、

いつも窓際で心理学の話をしている少女。


“人って、理由があると安心するの”


“人は違和感を放っておけない”


“自分で決めたって思うと納得しやすい”


そういう言葉達が、

先生の話と頭の中で重なっていく。


似ている。


……気がする。


でも。


全然違う。


葵は小さく眉を寄せた。


かなでの話も、

今の授業も、

どちらも難しいことを言っている。


人の心とか。

考え方とか。

認識とか。


そういう話だ。


なのに、

聞いている時の感覚がまるで違う。


先生の話は、

ノートへ書き写すための言葉だった。


でも、

かなでの話は違う。


もっと近い。


もっと柔らかい。


まるで、

自分の中へ入り込んでくるみたいな感じ。


「山本ー」


突然名前を呼ばれ、

葵はびくっと顔を上げた。


「聞いてるかー?」


倫理教師が苦笑している。


周囲から小さな笑い声が漏れた。


「あっ……すみません」


慌てて姿勢を正す。


「じゃあ、“他人がいるからこそ自分を認識できる”って、どういう意味だと思う?」


「えっ」


突然当てられ、

葵の頭が真っ白になる。


教室の視線が集まる。


どうしよう。


何も考えていなかった。


その時。


ふと、

かなでの声が頭をよぎった。


“人って、自分を説明する時、意外と他人との比較を使うんだよ”


“静かな人”

“明るい人”

“優しい人”


“全部、他人がいる前提で成り立ってる”


「あ……」


葵は小さく口を開く。


「えっと……自分一人だと、自分がどういう人か分からないから……?」


教師が少し驚いた顔をする。


「お、いいね。その通り」


教室の空気が少し緩む。


葵はほっと息を吐いた。


その瞬間、

また思う。


やっぱり似ている。


でも、

やっぱり違う。


かなでの話は、

知識というより。


もっと。


誰かと話すための言葉みたいだった。


窓の外から風が吹き込み、

ノートのページが小さく揺れる。


葵はぼんやりと、

黒板の文字を見つめていた。

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