第七話 「知りたいかい?」
ストック終わり
黒崎かなでは、次の日には普通に学校へ来ていた。
窓際の席。
静かな横顔。
夕方の光に溶ける黒髪。
まるで、
昨日の不安なんて最初から存在しなかったみたいに。
葵は小さく息を吐く。
――ほら。
やっぱり考えすぎだった。
かなではちゃんといる。
普通に学校へ来て、
普通に席へ座って、
普通に話している。
昨日の自分は少しおかしかった。
たった一日休んだだけなのに、
変な想像ばかりしていた。
きっと。
一緒に帰ったのが嬉しくて、
勝手に特別視していただけなのだ。
かなでにとっては、
いつもの日常だったのに。
放課後。
今日も自然と、
かなでの周囲には人が集まっていた。
「だから、“沈黙に耐えられない人”ほど、先に情報を喋っちゃうんだよ」
「えー、わかるかも」
「営業とか面接でも使われることあるね」
かなではいつも通り、
静かな声で話している。
周囲もいつも通り笑っている。
昨日の不在なんて、
最初からなかったみたいだった。
葵も少しだけ安心しながら、
その輪の中で話を聞いていた。
「人って、“空白”があると埋めたくなるから」
かなでは机へ頬杖をつく。
「会話が止まると、不安になって何か喋りたくなるでしょ」
「あー……確かに」
「だから黙ってる側のほうが、会話の主導権握りやすかったりする」
「うわ、なんか怖」
周囲から笑い声が上がる。
かなでは小さく笑った。
その時だった。
「そういえば昨日どうしたのー?」
何気ない声。
クラスメイトの一人が、
軽い調子でそう聞いた。
その瞬間。
葵の心臓が、びくっと跳ねる。
教室の音が少し遠くなる。
かなでは少しだけ目を細めた。
「ふふ」
静かな笑い声。
「知りたいかい?」
周囲が一瞬きょとんとする。
それからすぐ、
「あはは、なにそれー!」と笑い声が上がった。
「えー気になるー」
「秘密なの?」
かなでは頬杖をついたまま、
どこか楽しそうに目を細める。
「秘密って言われると、人って余計知りたくなるんだよ」
「あー! それ今やってる!?」
「うん」
また笑いが起こる。
教室の空気は柔らかかった。
誰も深く気にしていない。
ただの雑談。
ただの会話。
でも。
葵だけは、
妙に胸がざわついていた。
かなでは、
結局休んだ理由を言わなかった。
なのに誰も追及しない。
“知りたいかい?”
たったそれだけで、
話題が流されてしまった。
かなでは今、
自然に会話の流れを変えた。
そう理解した瞬間、
葵は少しだけ背筋が寒くなる。
かなでは、
やっぱり人を誘導するのが上手い。
でも。
不思議と嫌ではなかった。
むしろ。
かなでがいつものように笑っていることに、
葵は少し安心してしまっていた。
「山本さん」
不意にかなでがこちらを見る。
黒い瞳が真っ直ぐ向けられる。
「今、“安心した”でしょ」
まただ。
葵はもう、
驚くより先にため息をついてしまう。
「……なんで分かるの」
かなでは小さく笑う。
「人って、安心すると肩の力抜けるから」
言われて初めて、
葵は自分の肩が下がっていることに気付いた。
教室の窓から、
夕方の風が静かに吹き込んでくる。
その風の中で、
かなではいつものように穏やかに笑っていた。




