第六話 「いない教室」
黒崎かなでは、その日学校を休んだ。
理由は特に説明されなかった。
朝のホームルームで、
担任が「黒崎は休みだ」と短く言っただけだった。
それだけ。
たったそれだけなのに、
山本葵は妙に落ち着かなかった。
教室の窓際。
いつもかなでが座っている席が空いている。
そこだけぽっかり空白になったみたいだった。
なのに。
周囲の空気は、驚くほどいつも通りだった。
誰かが笑っている。
誰かがスマホを見ている。
誰かが昨日のドラマの話をしている。
あんなに人に囲まれていたかなでが休んでいるのに、
誰もその話をしない。
昼休みになっても、
放課後になっても。
「ねえ、黒崎さん休みなんだって」
そんな会話すら聞こえてこなかった。
葵はだんだん不安になる。
――なんで誰も気にしないの?
あんなに目立つ人だったのに。
あんなに、
人を引き寄せていたのに。
まるで。
最初から存在していなかったみたいだった。
その考えが頭をよぎった瞬間、
葵は慌てて首を振る。
いやいや。
そんなわけない。
ばかばかしい。
ちゃんといる。
毎日話していた。
一緒に帰った。
名前だって知ってる。
かなではちゃんと存在している。
きっと風邪か何かだろう。
かなでが風邪で寝込む姿なんて、
あまり想像できなかったけれど。
でも、
かなでも人間だ。
そんな日くらいあるはずだ。
「山本、どうしたの?」
友達に声を掛けられ、
葵ははっと顔を上げる。
「え?」
「なんか今日ぼーっとしてない?」
「あ、いや……」
言いかけて、
葵は口を閉じた。
“黒崎かなで”という名前が、
急に言いづらくなる。
どうしてだろう。
聞けばいいだけなのに。
「黒崎さんって今日休みだよね」
その一言を言うだけなのに、
妙に怖かった。
もし。
「誰それ?」
なんて返されたら。
そんなあり得ない想像が、
頭の奥に張り付いて離れない。
かなでは、
本当にそこにいたはずなのに。
放課後。
いつもなら自然と向かう窓際の席へ、
葵は今日も足を運んでしまう。
当然、
そこには誰もいない。
夕陽だけが机を赤く染めていた。
静かだった。
かなでのいない教室は、
妙に広く感じる。
葵はゆっくり椅子へ座る。
そして、
初めて気付く。
自分は思っていた以上に、
かなでの声を聞くのが好きだったのだと。
難しい話。
よく分からない心理学。
途中で挟まる雑学。
「人って、“いないもの”を探し始めると、逆にその不在ばかり意識するんだよ」
ふと、
かなでの声を思い出す。
以前、
そんな話をしていた気がした。
「例えば、部屋の時計が急に止まると、普段気にしてなかった秒針の音を思い出したりする」
あの時は、
ただ「へえ」と思っただけだった。
でも今なら少し分かる。
かなでがいない。
それだけで、
教室の空気がどこか違って見える。
なのに、
誰も気付いていないみたいだった。
窓の外では、
運動部の掛け声が遠く聞こえる。
いつも通りの放課後。
でも今日だけは。
葵の心に、
ぽっかり穴が開いたみたいだった。




