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第五話  「いつも通り」

ストック放出


昨日の帰り道を、山本葵は何度も思い返していた。


黒崎かなでと二人で帰ったこと。


並んで歩いたこと。


「また明日」と言われたこと。


葵にとっては、どれも少し特別だった。


けれど。


翌日の放課後。


かなでは何事もなかったみたいに、いつも通り窓際の席で話をしていた。


「人って、“沈黙”をすごく気にするんだよ」


かなでの周囲には、今日も数人のクラスメイトが集まっている。


葵も自然とその中に混ざっていた。


「え、そう?」


「うん。本当は数秒黙っただけなのに、すごく長く感じたりする」


「分かるかも」


「だから会話って、黙った側が負けた気分になることあるの」


周囲から笑い声が上がる。


かなでは相変わらず落ち着いた声だった。


昨日のことなんて、

最初から存在しなかったみたいに。


――やっぱり。


葵は少しだけ視線を落とす。


昨日は、

自分にとって特別だった。


でもきっと、

かなでにとっては違う。


誰かと話して、

誰かと帰って、

また次の日話す。


その程度のことなのだろう。


かなでは、

色んな人と自然に話す。


だから、

昨日の帰り道も、

かなでにとっては日常の一部だったのかもしれない。


「山本さん」


不意に名前を呼ばれ、

葵は顔を上げた。


かなでがこちらを見ている。


「今、“昨日のこと覚えてるの私だけかな”って思ったでしょ」


「っ!?」


心臓が跳ねた。


周囲から「また当ててる」という声が上がる。


「な、なんで分かるの……」


かなでは小さく首を傾げた。


「人って、不安になると反応が遅れるから」


「え?」


「今、名前呼ばれてから顔上げるまで少し間があった」


葵は思わず黙り込む。


かなでは続ける。


「昨日のこと考えてたんだろうなって」


静かな声だった。


責める感じはない。


ただ、

本当に見えたものをそのまま言っているだけみたいだった。


「あと、人って“自分だけ特別だったのかも”って思うと、不安になるんだよ」


教室の空気が少し静かになる。


かなでは気にした様子もなく続けた。


「でも逆に、“相手にとっては普通だった”って分かると安心することもある」


「どういうこと?」


クラスメイトの一人が聞き返す。


「特別扱いって、嬉しいけど疲れるから」


かなでは窓の外を見る。


夕方の光が黒髪を柔らかく照らしていた。


「“いつも通り”って、結構安心するんだよ」


葵はその言葉を聞きながら、

なんとなく昨日の帰り道を思い出していた。


かなでは、

特別な顔なんてしていなかった。


静かに話して、

静かに笑って、

自然に「また明日」と言っただけだ。


でも。


だからこそ、

心地良かった気もする。


「山本さん」


また名前を呼ばれる。


「え?」


かなでは少しだけ笑った。


「今、ちょっと安心したでしょ」


葵は反射的に否定しようとして、

やめた。


悔しいけれど。


たぶん、その通りだったからだ。


教室には、いつもの笑い声が響いている。


誰かが途中で「難しいー」と言って笑う。


かなでも小さく笑う。


それは昨日と同じ、

いつも通りの放課後だった。


けれど葵は、

その“いつも通り”が、

少し好きになり始めていた。

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