第二話「見えるもの」
放課後になると、山本葵は自然と黒崎かなでの席へ向かうようになっていた。
理由は自分でもよく分からない。
特別仲良くなったわけではないし、
毎回話しかけられるわけでもない。
それでも気が付けば、
鞄を机に置いたまま、
窓際の彼女の席へ足を運んでいる。
今日もかなでの周囲には数人のクラスメイトが集まっていた。
「だから、“自分で決めた”って感覚はすごく大事なの」
かなでは頬杖をつきながら、静かな声で話している。
「人って、命令されると反発したくなるでしょ」
「あー、分かる」
「でも、自分で選んだと思うと納得しやすい」
「それって誘導ってこと?」
「うん。日常の会話って、わりとずっとそうだよ」
穏やかな口調だった。
断定しているのに、不思議と押し付けがましくない。
「たとえば、“赤と青ならどっち好き?”って聞かれると、人は自然にどっちか選ぼうとする」
「確かに」
「でも本当は、“選ばない”って選択肢もあるの」
「あー……ほんとだ」
感心したような声が漏れる。
葵もなんとなく「へえ」と思った。
ただ、十分ほど経つ頃には、かなでの話は少しずつ難しくなっていく。
認知。
暗示。
条件付け。
視線誘導。
聞いたことのない単語が次々に出てきて、
葵は途中から半分くらい理解できなくなっていた。
それでも、不思議と退屈ではない。
かなでは時々、
雑談みたいに妙な知識を挟むからだ。
「そういえば、人って左側の顔のほうが感情が出やすいって話があるんだよ」
「え?」
突然話題が変わり、
クラスメイト達が反応する。
「左右で違うの?」
「脳の働き方が関係してるって説。だから肖像画とか写真って、向いてる方向で印象変わることあるの」
「そんなの気にしたことなかった」
「あと、人は“知ってる言葉”が増えると、その言葉を急に見つけやすくなる」
「どういうこと?」
かなでは小さく笑った。
「例えば、“赤い車って意外と多い”って言われた後、急に赤い車ばっかり目についたことない?」
「あっ、ある!」
「本当は前から存在してたのに、意識が向くから見えるようになるの」
「へえー……」
葵も思わず感心する。
そういう話は単純に面白かった。
難しい話は分からない。
けれど、
途中で差し込まれる雑学は、
まるで秘密を共有されているみたいで、つい聞き入ってしまう。
かなでは本当に色々なことを知っている。
しかも、
知識を自慢する感じではなく、
「ねえ、知ってる?」
と静かに教えてくれるのだ。
だから聞きやすい。
「山本さん」
突然名前を呼ばれ、
葵はびくっと肩を揺らした。
かなでがこちらを見ている。
黒い瞳が真っ直ぐ向けられていた。
「今、“この話は分かる”って思ったでしょ」
「えっ」
図星だった。
ついさっき、
“赤い車”の話だけ妙に分かりやすいと思ったところだった。
「な、なんで分かったの……」
「顔」
かなでは平然と言う。
「人って、理解できた時ちょっとだけ目が動くの」
周囲から「怖っ」という笑い声が上がる。
かなでは小さく笑った。
「怖くないよ。普通にみんなやってる」
「いや絶対分かんないってそんなの」
「分かるよ」
「うそだあ」
「山本さん、分からない話の時ずっと眉寄ってたし」
葵は慌てて自分の眉間を押さえた。
周囲がどっと笑う。
恥ずかしい。
また読まれている。
でも、不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ。
――もっと話を聞きたい。
そんなことを思っている自分に、
葵は少しだけ驚いていた。




