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第十七話 人の多い場所


 約束の日までの一週間は、不思議なくらい長かった。


 毎日連絡を取っているわけじゃない。


 時々、短いメッセージが届くくらい。


 なのに、気づくとスマホを見ていた。


 服を選んでは戻し、選んでは戻し。


 ――別に、遊びに行くだけだし。


 何回そう言い聞かせても、少し落ち着かなかった。


 待ち合わせ場所は最寄り駅。


 そこから二駅先にあるショッピングモールへ行くらしい。


 約束の十分前。


 電車を降りながらスマホを取り出す。


『もうすぐ着くよ』


 すぐ返信が来た。


『正面の時計塔の前にいる』


 私は少しだけ歩く速度を上げた。


 駅前へ出ると、時計塔の下にかなでがいた。


 人通りの多い場所なのに、不思議と静かに見える。


 周囲のざわめきから、少しだけ切り離されているみたいだった。


「ごめん、待った?」


 息を整えながら聞くと、かなでは小さく笑った。


「そんなことないよ。待ち合わせ時間より前に来たのは私だからね」


 そう言ってから、少しだけ目を細める。


「……山本さんって、待ち合わせの前になると歩く速度上がるタイプだよね」


「え」


「今もちょっと急いでたでしょ」


 図星だった。


 私は誤魔化すみたいに視線を逸らす。


 かなでは、それ以上追及しなかった。


「それじゃ、行こうか」


 並んで歩き出す。


 ホームへ向かう途中、人と肩がぶつかりそうになって少し身構えた。


 するとかなでが前を見たまま聞いてくる。


「人混み、苦手?」


「……ちょっとだけ」


「そっか」


 それだけ言って、少し歩く速度が緩くなる。


 多分、無意識なんだと思う。


 でもそういうところが、少しだけ心地いい。


 電車の中は思ったより空いていた。


 二人並んで座る。


 窓の外の景色がゆっくり流れていく。


 かなでは無理に話題を作ろうとしない。


 それなのに、沈黙が気まずくなかった。


 私はぼんやり窓を眺めながら思う。


 前なら、誰かとこうして黙っているだけで焦っていた気がする。


 何か話さなきゃ。


 退屈させてないかな。


 変に思われてないかな。


 そんなことばかり考えていた。


「……山本さん」


「ん?」


「ちょっと顔楽になってる」


 かなでは窓の外を見たまま言った。


「今、“何か話さなきゃ”って考えてなかったでしょ」


「……う」


 また見抜かれていた。


 でも、不思議と嫌じゃない。


 かなでは少しだけ笑う。


「安心すると、人って沈黙を敵扱いしなくなるから」


 ショッピングモールへ着くと、空気が一気に変わった。


 明るい照明。


 音楽。


 人の声。


 店から漂ってくる匂い。


 人混みに少し圧倒されながら歩いていると、かなでが言う。


「疲れたらすぐ休憩しよっか」


 その一言だけで、不思議と少し楽になった。


 雑貨屋を見たり、本屋へ入ったりしながら歩く。


 途中、かなでが手に取ったマグカップを私に見せた。


「山本さん、こういうの好きそう」


 白地に小さな青い花が描かれたシンプルなカップだった。


「え、なんで」


「前、本屋で選んでた栞もこんな感じだったし」


「飲み物も、派手なのより落ち着いたの選ぶこと多いから」


 絶対、ちゃんと見ていたんだと思う。


 でもかなでは、まるで当たり前みたいに言う。


「……図星?」


「……まあ」


「山本さんって、“派手”より“落ち着く”を選ぶよね」


 そういうところまで見られている気がして、少しだけ恥ずかしい。


 フードコートで休憩する頃には、人混みにも少し慣れていた。


 かなではアイスティーをストローで混ぜながら、ぼんやり周囲を見ている。


 騒がしいのに、不思議と落ち着く。


「……なんか」


「ん?」


「かなでといると、人多くても平気かも」


 言ってから、少し恥ずかしくなる。


 かなでは小さく笑った。


「それ、“私が特別”っていうより」


「安心すると、脳が周りを敵扱いしにくくなるからかもね」


 そう言ってから、少しだけ悪戯っぽく付け足す。


「……まあ、少しくらいは私のおかげってことにしておこうかな」


 私はストローを咥えながら視線を逸らした。


 多分、顔が少し赤い。


 しばらくして。


 私は勇気を出して口を開く。


「……あのさ」


「うん?」


「来週も、誘っていい?」


 かなでは少しだけ目を丸くした。


 でもすぐに、柔らかく笑う。


「もちろん」


 それだけなのに、胸の奥が少し熱くなる。


「今度はどこ行く?」


 私はしばらく迷ってから、小さく言った。


「……ぷ、プールとか」


 言った瞬間、自分で何を言っているんだろうと思った。


 かなでは少し考えてから、


「いいね」


 と普通に返した。


 本当に普通に。


 だから余計に、意識しているのが自分だけみたいだった。


「……山本さん、水着って持ってる?」


「え」


 そこまで考えていなかった。


 いや、考えてはいた。


 でも、“かなでと一緒に水着を見る”ところまでは想像していなかった。


「……ない、かも」


「じゃあ、ついでに見ていこうか」


 かなでは本当に自然に立ち上がった。


 水着売り場は、夏前だからかかなり広くスペースが取られていた。


 スポーティなもの。


 フリルの多いもの。


 落ち着いた色のもの。


 色々並んでいて、なんだか落ち着かない。


「……こういうの、あんまり見ない?」


「だ、だって……」


 かなではハンガーを見ながら小さく笑う。


「別に誰も見てないよ」


 そういう問題じゃない。


 でもかなでは全く変に意識していないようで、その自然さが逆に困る。


「……これとか似合いそう」


 かなでが手に取ったのは、白と淡い青のシンプルな水着だった。


 派手すぎない。


 でも少しだけ大人っぽい。


「山本さんって、多分こういう落ち着いた色の方が好きでしょ」


「前から、白とか淡い色選ぶこと多いし」


「……なんでそんな見てるの」


「見てるよ。結構」


 かなでは悪びれもせず言った。


 私は渡された水着を見つめながら、小さく息を吐く。


 ――かなでには、やっぱり色々見抜かれている気がする。


 でも。


 それが嫌じゃない自分にも、もう少しだけ慣れてきていた。

 

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