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第十六話 「連絡先」


かなでと出かける。


その言葉が、

山本葵の頭の中をずっとふわふわ漂っていた。


終業式後の教室は、

夏休み前の空気で妙に騒がしい。


「やっと休みだー!」


「課題多すぎるって」


「海行きたーい」


そんな声が飛び交う中、

かなではいつも通り落ち着いた顔で鞄を整理していた。


そして、

何でもないことみたいに言った。


「それじゃあ、連絡先」


「あ、うん」


葵は慌ててスマホを取り出す。


かなでの指が、

静かに画面を操作する。


その横顔を見ているだけで、

なぜか少し緊張した。


「えー、黒崎さん連絡先交換するんだ」


「私も教えてほしいー」


周囲から声が飛ぶ。


かなでは少し困ったように笑った。


「聞かれたら普通に教えるよ」


教室に笑い声が広がる。


でも。


葵はそこで、

ふと気付いた。


そういえば。


かなでと連絡先を交換するのは、

これが初めてだった。


というより、

自分はクラスの誰とも交換していなかった。


今まで、

必要になることがなかったからだ。


放課後になれば、

自然とかなでの周りへ行って。


そのまま話を聞いて。


気付けば帰る時間になっていた。


だから、

連絡先を聞く理由がなかった。


なのに。


かなでとは交換した。


その事実が、

少しだけ不思議だった。


そして、

少しだけ嬉しかった。


「山本さん」


「っ、なに?」


かなでがこちらを見る。


「今ちょっと顔緩んでる」


「うそ!?」


葵は慌てて頬を押さえる。


かなでは小さく笑った。


「安心して。そんな変な顔じゃないから」


「それフォローになってない……」


また周囲が笑う。


かなでは、

楽しそうに少しだけ目を細めていた。


帰宅後。


葵は制服を着替えるより先に、

ベッドへ座ってスマホを開いていた。


画面には、

かなでとのトーク画面。


まだ、

短いやり取りしかしていない。


それなのに、

なんとなく落ち着かない。


『宿題、先に終わらせるタイプだから、一緒にやる?』


かなでから届いたメッセージを、

葵はぼんやり眺める。


かなでは、

夏休みの課題を最初に終わらせるタイプらしい。


なんだか、

すごくかなでっぽい。


でも。


せっかくなら、

どこか遊びに行きたかった。


だから、

“遊びに行きたい”と返信した。


かなでは少ししてから、


『いいね』


と返してきた。


短い文章。


でも、

かなでらしい気がした。


葵はスマホを抱えながら考える。


どこへ行こう。


かなでに合わせるなら、

図書館だろうか。


かなではいつも本を読んでいるし、

静かな場所のほうが好きそうだ。


でも。


プールとか。


映画とか。


ショッピングモールとか。


そういう普通の遊びも、

少し気になる。


窓の外では、

夏前の夜風がカーテンを揺らしていた。


葵はスマホの画面を見る。


そこには、

“黒崎かなで”

という名前。


たったそれだけなのに。


夏休みが、

少しだけ特別に見えた。


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