第十四話 「催眠」
夜。
山本葵は制服を畳みながら、
なんとなくテレビを眺めていた。
バラエティ番組。
芸人達が笑っていて、
スタジオは明るい空気に包まれている。
その中で、
“催眠ショー”が始まった。
「はい、じゃあレモンを想像してください」
その言葉を聞いた瞬間。
葵はほんの少し、
口の奥が酸っぱくなるのを感じた。
――あ。
自然と、
かなでの顔が浮かぶ。
『切ったばかりのレモンを想像して』
放課後の教室。
夕焼け。
静かな声。
あの時のことを思い出しながら、
葵はぼんやりテレビを見る。
そこまでは良かった。
でも。
「あなたは今から犬になります!」
出演者が突然、
「わん!」と吠え始める。
スタジオが笑いに包まれた。
「次はこの人を好きになっちゃいます!」
男同士で見つめ合って、
周囲が大笑いする。
テレビの向こうは、
完全に“面白いショー”として進んでいた。
葵は少しだけ眉を寄せる。
催眠。
心理学。
かなでが話していたこと。
たぶん、
全部まったく無関係ではない。
でも。
何か違う気がした。
一見すると、
ただふざけているだけみたいだった。
もちろん、
番組としては面白いのかもしれない。
スタジオも盛り上がっている。
でも葵は、
少しだけもやもやした。
テレビを消し、
明日の準備を始める。
鞄へ教科書を詰めながら、
ふと思う。
催眠って、
心理学の一種なんだよね。
かなでは、
あの番組を見ていただろうか。
もし見ていたなら、
どんな顔をしたんだろう。
少し気になった。
――明日、聞いてみよう。
翌日。
昼休み。
けれど葵が聞くより先に、
教室ではすでにその話題になっていた。
「かなでちゃん、昨日の催眠のテレビ見たー?」
クラスメイトの一人が楽しそうに言う。
「ほんとにあんな風になるの?」
周囲も興味津々でかなでを見る。
かなでは少しだけ考えるように目を伏せた。
「ふむ」
その小さな呟きに、
なぜか教室が少し静かになる。
かなではジュースを一口飲んでから、
ゆっくり口を開いた。
「“なる”というより、“なってもいい”状態に近いかな」
「え?」
「催眠って、“操られる”ってイメージ強いけど、実際は本人の反応とか想像力もかなり関係するから」
周囲が「へえー」と声を漏らす。
かなでは続ける。
「例えば、映画見て泣く時って、“これは作り話だ”って分かってても感情動くでしょ」
「あー、確かに」
「催眠も少し似てる。頭の中で想像したものへ、自然に反応してる感じ」
葵はぼんやりその話を聞いていた。
かなでの説明は、
テレビよりずっと静かだった。
でも。
そのほうが、
妙に現実味がある。
「あと、テレビは“分かりやすい反応”を見せる必要あるからね」
かなでは少し笑う。
「犬になるとかは、盛り上がるし」
周囲から笑い声が漏れる。
「じゃあ実際はもっと地味なの?」
「地味だと思うよ」
かなでは頷く。
「むしろ、“あれ? これ誘導されてた?”くらいのほうが日常には多いかも」
その言葉を聞いて、
葵は少しだけどきりとする。
レモン。
呼吸。
“考えないようにする”。
今までかなでと話したことが、
頭の中で静かに繋がっていく。
かなではそんな葵を見て、
少しだけ目を細めた。
「山本さん、今ちょっと納得した顔してる」
「……また分かったの?」
「うん」
かなでは穏やかに笑う。
「人って、“分からなかったもの”が整理されると、少し安心した顔になるから」
昼休みのざわめきが、
教室へ静かに広がっていた。




