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第十三話 「知らない言葉」



英語の授業中。


山本葵は、

半分くらい意識を飛ばしながら教科書を眺めていた。


正直、

英語は苦手だ。


単語は覚えられないし、

発音もよく分からない。


先生が何を言っているのか、

途中から呪文みたいに聞こえてくる。


「じゃあ次、黒崎」


不意にかなでが指された。


教室の空気が少し動く。


かなでは静かに立ち上がった。


それから、

英文をすらすらと読み上げる。


その発音は、

葵には本当に外国の人みたいに聞こえた。


滑らかで、

変な詰まりがない。


英語なんてちんぷんかんぷんな葵からすると、

同じ高校生とは思えないくらいだった。


「はい、綺麗に読めてるな」


先生も少し感心したように頷く。


かなでは特に得意げな様子もなく、

そのまま静かに座った。


昼休み。


今日もかなでの周囲には自然と人が集まっていた。


「かなでちゃん英語すごかったね」


「発音めっちゃ綺麗だった」


「習ってたの?」


かなではジュースのストローを咥えながら、

少しだけ首を横に振る。


「いや、習ってはいないよ」


「えっ、じゃあなんであんな読めるの?」


かなでは少し考えるように視線を上げた。


「論文とか読む時、英語多いから」


周囲が一瞬静かになる。


「ろんぶん?」


「え、なんか難しそう」


かなでは小さく笑った。


「心理学の論文とか、海外のもの結構多いんだよ」


実際、心理学や学術研究は英語論文が多い。


もちろん日本語の本や論文もあるが、

最新研究や有名な論文は英語で書かれていることも多いのだ。


「全部読めるわけじゃないけどね」


かなではそう付け足した。


言い方はあくまで自然だった。


自慢というより、

“必要だったから覚えた”

くらいの温度。


「えー、すご……」


「論文って全部英語なの?」


「全部じゃないけど、英語多いかな」


「うわ、頭良すぎる」


周囲が感心した声を漏らす。


かなでは少し困ったみたいに笑った。


「読めるようになると面白いよ」


「なにが?」


「同じ“人”を研究してるのに、国によって考え方違ったりするから」


かなでは頬杖をつく。


「“人間って面白い”って考えるのは、どこの国もあんまり変わらないんだけどね」


葵はぼんやりその話を聞いていた。


論文。


英語。


海外。


どれも、

自分とは遠い世界の話みたいだった。


でも。


かなでが話すと、

不思議と少しだけ近く感じる。


きっと、

これも。


知りたいからなのだろう。


かなでは、

ただ“賢い”わけじゃない。


“知りたい”が止まらないのだ。


だから、

色々なことを知っている。


葵はなんとなく、

そんな気がしていた。


「山本さん」


突然かなでがこちらを見る。


「今、“すごいな”って思ったでしょ」


「……思った」


もう最近では、

隠すのも少し面倒になってきた。


かなでは小さく笑う。


「人って、“自分から遠いもの”ほど特別に見えるから」


「遠いもの?」


「うん。でも、案外ちょっと触るだけで近くなったりする」


かなではそう言いながら、

英語の教科書を軽く持ち上げた。


「最初はみんな、知らない言葉だからね」


昼休みの光が、

教室へ柔らかく差し込んでいる。


葵はぼんやりと、

かなでの横顔を見つめていた。

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