第十二話 「寄り道」
昼休み。
教室にはパンの袋を開ける音や、
笑い声があちこちで響いていた。
山本葵は自分の席で牛乳のストローを刺しながら、
ぼんやり窓際を見ていた。
黒崎かなでは今日も本を読んでいる。
周囲には何人か人がいるけれど、
みんな好き勝手喋っていて、
かなでは時々相槌を打つだけだった。
「ねー聞いてよ」
突然、
隣の席の女子が机へ突っ伏した。
「昨日さ、前髪切りすぎた気がする」
「あー分かる」
別の子が即座に頷く。
「切った直後って絶対失敗したって思うよね」
「で、一週間後くらいに“あれ? 意外とよくない?”になる」
周囲から笑い声が上がる。
葵も少し笑った。
「人って、“変化”にすごく敏感だから」
かなでが本を閉じながら言う。
「髪型とか、いつもと違うだけで違和感が大きくなるの」
「えー、でも絶対変だってこれ」
前髪をいじりながら、
女子が鏡を見る。
かなでは少し首を傾げた。
「じゃあ逆に、他人の前髪って昨日と今日でどれくらい覚えてる?」
「……あ」
教室が少し静かになる。
「たしかに分かんないかも」
「自分は毎日見てるから変化が大きく感じるけど、他人は意外と細かく見てないこと多いよ」
「うわ、なんかちょっと安心した」
周囲が笑う。
かなでは小さく笑った。
「あと、人って“失敗したかも”って思うと、鏡見る回数増えるんだよ」
「えっ、見てた!?」
「さっきから五回くらい前髪触ってる」
「やだ恥ずかしい!」
また笑い声が広がる。
葵はその様子を見ながら、
なんとなく思う。
かなでは、
こういう何気ない会話へ入るのが上手い。
難しい心理学の話だけじゃない。
こういう、
女子同士のどうでもいい雑談にも自然に混ざる。
それが少し不思議だった。
「山本さん」
不意にかなでがこちらを見る。
「今日ちょっと眠そう」
「え」
図星だった。
昨日少し夜更かししたせいだ。
「目の下、少しだけ重そうだから」
「……かなでってほんとよく見てるよね」
「見ちゃうんだよ」
かなでは悪びれもなく言う。
その時、
後ろの席から声が飛んできた。
「ねー黒崎さんってさ、人のこと見すぎて逆に疲れないの?」
かなでは少し考える。
それから、
静かに笑った。
「でも面白いから」
「なにそれー」
「変なの」
教室にまた笑い声が広がる。
窓の外では春の風が吹いていた。
穏やかな昼休み。
特別なことは何もない。
ただ、
女子達が喋って笑っているだけ。
なのに葵は、
この時間が少し好きになっている自分に気付き始めていた。
「そういえばさ」
前髪を気にしていた女子が顔を上げる。
「帰りコンビニ寄らない?」
「あ、行きたい」
「新作アイス出てるらしい」
その瞬間、
かなでが小さく笑った。
「ほら、今“新作”って言っただけで行きたくなった」
「あーっ! また心理学っぽいこと言ってる!」
「限定とか新作って、人の興味引きやすい言葉だから」
「ずるいそれ!」
「でも行くんでしょ?」
「行く」
即答だった。
教室に笑い声が響く。
かなでは楽しそうに、
少しだけ目を細めていた。




