第110話 究極の労働性向上運動終了後の地球 労働者の居ない世界
「話は変わるが……いいや、アンタに地球人がなぜ滅ぼすべき人種かということを説明するってことじゃあ何も変わってないんだけど……桐野?アンタは甲武のどこのコロニーの出身だい?そう言えば聞いてなかったね……」
カラの突然の言葉に桐野は戸惑ったように空のグラスをテーブルに置いて上目遣いに目の前の油断ならない女上司を見つめた。
「薩州だ……『芋侍』と馬鹿にしたいとでもいうのか?」
明らかに敵意をむき出しにして桐野はそう答えた。
「へえ、アレだろ?サツマイモ……遼帝国でも皇帝から与えられた広すぎる班田の中でも一番土地がやせてるところで育てる芋だ。しかもほとんど手がかからないからどんなに怠け者でも簡単に作れる。そしてそれなりに味は良い……アタシは嫌いじゃないが……まあいいさ。その手のかからないサツマイモさえ地球人のほとんどの飢餓寸前の連中は栽培して食べるという発想がない……というかもう長いこと『食べ物は人が作るものだ』という発想自体が失われているんだ」
あまりに意外な言葉に桐野はその意味を理解しかねた。
「人間は物を作るものじゃないのか?甲武じゃなんでも人が動いて初めて物が動くものだ。東和じゃタクシーなどと言う軍でもないのに民間人が自動車に乗っている……甲武じゃ人力車に乗るものだ。人が引くから歩かなくても移動ができる……そんな当たり前のことも地球人は知らないのか?」
『大正ロマンの国』である甲武の安い人件費ではすべてが人力なのは当たり前のことだった。桐野も時々私鉄で見られる自動改札機や街に並ぶ自動販売機、そしてタクシーや電話などの『自動』という概念が民間で利用される意味が今でもよく分かっていない。
「そりゃあ、いまだに伝統にこだわってなんでも人手でやろうとする甲武の悪い癖だね。その点、地球は洗練されてるよ。すべてはAI搭載のロボットが行う。農業も種まきから収穫、そしてそれを工場に運んで出荷して店に並ぶわけだがその店も無人。金のある役人や軍人がそれを家に持ち帰りそのパックに入った農産物の成れの果てを機械に放り込んで食べられるまで加工して後は出てきた皿の上のものを口に運ぶだけ。その汚れた食器もすべて自動で洗ってくれる。人の手の入る余地は皿から口にその食い物みたいなものを運ぶ工程だけだね」
カラは明らかに桐野を見下すような口調でそう言って再びコーヒーに手を伸ばした。
「別に食い物だけじゃないよ。その金のある役人や軍人の家の家具も電化製品……ああ、甲武には『電化製品』も何も首都の鏡都以外は電気も無いんだったね。まあ、電気が無いのは遼帝国も似たようなものだが……元地球人の国の伝統主義にも困ったもんだね。まあその金のある家の物すべてがAI管理のロボットが生産からその家に到着するまですべて管理している。人の関与する余地なんて一つもないのさ。そもそも地球の自称『先進国』の企業で掃除夫以外の人間を雇っている会社なんて一社も無いよ。経営者から営業、管理部門、そして製造現場まですべてAI管理のロボットがやってるんだ。この東和の株主連中も『ビッグブラザー』の意向が無ければそうしたいんじゃないのかね?人件費はそのロボットを掃除する人間にかかる最低賃金だけ。20世紀に労働生産性の向上が社会の発展に寄与するとか言ってた経済学者が居たそうだが労働者が一人もいないんだから労働生産性が無限大と言うわけだね。こりゃあ、地球圏の資本家が巨大な権力を握るわけだ」
あざ笑うようにそう言うカラを桐野はその言葉を理解するつもりはないというような表情でにらみつけていた。




