第108話 人斬りと『廃帝の姫』東都で動く
「昼間っからビールかい?随分とうちは酔狂な人殺しを買う団体に成り下がっちまったもんなんだねえ……」
そこは東都の丸の内の高級喫茶店だった。そこでは酒類として供されるのはバドワイザーぐらいのもので、ビールがあまり好きではない桐野孫四郎には自分に嫌味を言って来る今の自分に命令できる立場にあるリョウ・カラの言葉に不満げにグラスを傾けた。
「俺には何もすることが無い。今日も、この近所の東和の『伝統企業』という奴を25件。どこもあの菱川とか言う老人のおかげでそれなりの役員連中とアンタは有意義な話をしていたらしいが……俺のような元軍人……しかも下士官しか務まらなかった人斬りを連れて回る意味が分からん。それならば我々の組織にも経済や法律や交渉に通じた人間がいるはずだ。なんで、貴様と二人っきりでまるで勤め人が自分の会社の製品を売り込みに行くような真似をしなければならないんだ」
桐野は少しも旨く感じないビールを喉の奥に流し込みながらそんなことをつぶやいた。
桐野もこの東都の丸の内にふさわしくスーツ姿。その手に持っている製図用の大きめの筒に日本刀が入っている訳だが、この街ではそんな製図用の筒の中にはこれから建築するビルの図面が入っているものだと誰もが気にも留めない。
そして目の前の紺色の目立たないスーツ姿にいかにも部下に厳しそうな冷酷な笑みを浮かべて長い髪に手をやるカラもまたこの街ではただのやり手のキャリアウーマンぐらいにしか見えなかった。
「あの連中かい?アイツ等はアタシのやり方の邪魔になる……そんなの連れて回るならアタシ一人であの菱川の爺さんの示した協力を希望する連中の名簿の通りにお散歩をした方が早いくらいさね。桐野……お前さんがアタシの隣に座っている理由はね、神社の狛犬さ。アンタがアタシと交渉している自称東和を支えている基幹産業の一翼を担う名門企業の雇われ役員をにらみつけていてくれるおかげであの連中は時々アタシに本来言うべきではない言葉をつい吐いちまう仕組みになってるのさ。アタシは最初はただの正体不明だがあの菱川の爺さんで追い返す訳にもいかない女として連中の前の席に座る。そして会話の中にお前さんが今、東和じゃ誰もが怖がって近づきたくない甲武浪人だということをそれとなく教えてやる。そして、その筒の中に何が入っていて、アタシが命じればその結果何が起きるか……まさか自分の会社の会議室で首と胴が離れ離れになるなんて今朝出勤してきたときは連中も思っていないだろ?だから、そうなりたくないならアタシの言うことを聞きなとそれとなくいうのにはアンタ一人を連れて回るのが一番いいのさ」
カラはそう言いながら残忍な笑みを浮かべて桐野を見つめた。殺した女を犯すことを趣味としている桐野でもこの女には手が出せない。そのことはカラのその余裕のある地球産の割に放射能濃度が薄いことが売りのコーヒーの入ったカップに伸ばす手を見れば理解できた。




