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生贄の不安は陛下が対処してくれます


「生贄様の本日のスケジュールでございますが。

 午前に陛下とのティータイム。午後に陛下とのティータイム。以上でございます。」

 今日も、女官長が淡々とそう言った。今日も、私の仕事はこれだけだった。


 なので、私は生贄だけれど婚約者という肩書もある以上、空いた時間に魔国について学びたいと陛下にお願いしてみた。

 姫の願いならと、陛下は快く了承してくれた。生贄が学ぶ必要などない、そう言われるかもしれないと考えていたけれど違った。しかも、陛下はなぜか嬉しそうだった。さらには帝国について知りたいので、姫から話が聞きたいと逆にお願いもされてしまった。


 むろん陛下が知りたいというのなら、できるだけお話しするけれど。でも、生贄の国について知ってどうしようというの?

 それとも、違うのかしら。もしかしたら、それは生贄とかに関係なく……。

 きっと、陛下は向学心のある方なのね。



 そんな毎日を繰り返して二週間。魔国の生活には慣れてきたものの、ひとつだけ問題があった。


 陛下と毎日ティータイム、これは慣れた。いったい魔王とどんな会話をすればいいのかと、おそるおそるだった最初が嘘のように、陛下との会話は楽しかった。

 天気の話くらいしかできないのでは思っていたけれど、魔王から聞く天気の話は興味深かった。魔国では冬になると、夜空に光の帯が現れるというのだから。夏の終わりには大きな魔花が夜空に咲いては散っていくらしい。両方とも、ちょっと見てみたい。


 ちなみに、魔国の冬は非常に寒いらしい。けれど王城内は常春にするらしい。

 ついでに魔国の夏は非常に暑い、らしい。今は夏だけど、城外に出る必要のない私にはわからない。なにしろ城のなかは、部屋や廊下に張り巡らされた水路に冷水が流れ、オアシスのように快適なので。

 ……魔族の魔力、本当に半端ない。


 次に慣れたことといえば、陛下の寝室で眠ること。帝国では寝る時まで地味な嫌がらせをかいくぐっていたのが嘘のように、ここは安全だった。陛下の魔力の気配にも慣れてしまった。

 そんな私は陛下の魔力が私を取り巻くことにも慣れてしまった。それは確かに私を傷つけなかった。共に過ごすティータイム、陛下の魔力はいつも春の風のように穏やかだった。


 周りに魔族がいることも慣れた。角も翼も尻尾も、見慣れればそんなものだった。最近はちょっとした違い、角の丸みとか、翼の形とかの違いに気づくようになった。

 侍女に、女官長、魔国のことを教えてくれる講師の方々。私の周りはなぜか女性ばかりだけど皆、私に礼儀正しかった。皆、聞けば必要なことを教えてくれた。仕事は申し分なく、何の問題もなかった。


 ただひとつ、皆、無表情で淡々としていることを除けば。

 これは魔国の作法なのか。それとも、やはり私はどこに行こうとも、普通に扱われるだけの価値もないのか……。


「姫、何か気になることがあるのか?」

 午後のティータイム、陛下が突然そう言った。ぼんやりしていた私は、すぐに答えられなかった。

 そんな私が話し始めるのを、陛下がゆったりと待っている。


 私に価値がないのはわかっている。ずっとそうだった。だから、ずっと探してきた。私に価値がある場所がどこかにあるのではないかと。誰かがそう言ってくれるのではないかと。でも、そんな場所はなく、そんな誰かも、いないのかもしれない。


「陛下、その、私は、陛下の生贄としてふさわしくないのではありませんか?」


 私を取り巻く陛下の魔力がゆらりと動いた。

 不穏にざわめき、大きく波打ち、その魔力の主である魔王がにやりと口角を上げる。

「俺に逆らう魔族がいるとは、楽しみなことだ。

 姫、それは“誰”が言ったのかな?俺に教えてはくれまいか。」


 ……まさか陛下が、そんな方向に突っ走るとは思わなかった。

「申し訳ございません。そうではないのです。

 ただ、皆、何というか、表情がなく淡々としていますので。魔国での作法なのか、それともわたくしが至らぬのかと、考えてしまっただけなのでございます。」


 それを聞いて、陛下が何かに気づいたようだった。

「姫、すまなかった。慣習なので、そのままそうさせていたが。

 すぐに通達させよう。」

 その言葉と同時に部屋に入ってきたのは、女官長だった。

「城内に通達せよ。俺の生贄に接するのを解禁する。」

「よろしいのでございますか?」

「良い。俺は、姫を不安にさせたいわけではない。」

「彼らはどういたしましょうか?」

 そこで陛下はためらった。

「……良い。帝国流に合わせる。だが、俺の不興を買いたくなければ気を付けろと、付け加えておけ。」

「そのような者などいないと存じますが。かしこまりました。」


 すると、そっけなかった侍女が一変した。

「きゃー、生贄様!今日のドレスもお似合いです。グッドチョイスです。」

「メイクはあくまで薄く。生贄様の肌の美しさを活かす方向で。いかがでしょう?」

「生贄様は、髪もしっとりつやつやですね。今日はこの髪飾りなんて、いかがですか?」

「生贄様ってば、本当に美しくて、可愛いくていらっしゃいますね~!」

 ……いきなりフレンドリーになった。しかも、おだてる気なのか、本気なのか分からない称賛まで付いてきた。


 女官長からは朝と晩に、

「昨夜もよくお休みになられたようで、何よりでございます。」

「ゆっくりお休みくださいませ。」

 そんな一言が、笑顔と共に付いてくるようになった。

 魔国について教えてくれる講師達が、笑顔で講義してくれるようになった。加えて興味津々とばかりに帝国について質問されることが増えた。


 陛下の通達によって、私の周囲には普通というか、普通以上の友好的態度が増えた。よくわからなけれど、淡々とした無表情は生贄に対する作法の一環だったらしい。

 とりあえず私は、魔族のなかに紛れ込んだニンゲンという名の珍獣の気分を味わっている。


 そんな日々にも慣れてきた頃、私は思い切って聞いてみることにした。

「生贄について教えてもらえないかしら?」

 途端に、侍女たちも女官長も講師も、スッと表情を消した。

「いずれ、お分かりになります。」

「今はまだ、余計なことをお知りにならないほうがよろしいかと。」


 ……聞くんじゃなかったかしら。怖さ倍増だわ。




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