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生贄の仕事は陛下とティータイムをすることです


 目が覚めた。一睡もできないかと思ったけれど、私は眠ってしまったようだった、よりによって魔王の寝室で。ちょっと、自分の図太さが信じられなかった。

 けれど魔王の魔力が取り囲むこの部屋は、慣れてしまえば安心ではあった。魔族は力のあるものにひれ伏すと聞いている。だから魔国において、魔王に楯突く魔族はいない。



 さて、帝国においては底辺の姫である私にも、それなりにスケジュールはあった。今、生贄となった私に、こなさなければならないスケジュールはあるかしら?とてもそうは思えない。けれど、魔王の婚約者なら、何かする必要があるかもしれない、今日から早速にでも。


 そんなことを考えていたら、ドアが開く音がした。昨日と同じ侍女姿の若い魔族が二人、立っていた。やはり無表情に淡々と一礼する。

「生贄様、身支度を整えさせていただきます。こちらは生贄様にとご用意しておりました室内用ドレスでございます。」

 驚いたことに、ドレスは帝国風だった。室内用の締め付けの少ないそれは、胸の下で切り替えがあり、ふんわりとすそまで広がる。……ドレスのサイズ、どこで知ったのかしら。婚約が決まったのは昨夜のこと、仕事が早すぎるわ。


 そんな疑問で内心首をかしげていた私に、侍女は軽く化粧をほどこし、ひとふさ髪を編んで花の飾りを通した。見事だわ。ただメイクして髪を結うのではなく、似合うように仕上げるというのは、かなり高度なテクニックなのよ。


「ありがとう。二人とも、侍女として素晴らしいスキルをお持ちね。」

 侍女二人が一瞬視線を交わし、一人が淡々と答えた。

「恐れ入ります。」

 やはり二人は無表情だった。生贄がニンゲンというのが気に入らないのかもしれない。それとも、魔王陛下のそばにニンゲンごときがいるのが、気に入らないのかもしれない。


 それでも私は声をかけてみる。

「何か、私に今日の予定があるかしら?」

 侍女の一人が淡々と答えた。

「朝食後、女官長が参ります。その際にご説明させていただきます。」


 何か、あるらしい。そうね、婚約したからには婚礼の準備に入るでしょうし。あるいはそれ以外に何かあるのかも。

 でも、私は姫よ。帝国では底辺だったけれど、それでも姫だわ。どんな公務でも、してみることはできる。魔国においてどんな公務が与えられるのか、想像もつかないけれど。


 そして魔族は夜行性ではなかったらしい。侍女が下がった後、窓からおそるおそる外を覗いてみれば魔族がうじゃうじゃいたから。

 すると今度は疑問が出てきた。なぜ、陛下はわざわざ夜中に移動をしたのか?

 きっと何か理由があるに違いない。たぶん、生贄に関わるような重大な理由が。もちろんそれが何なのか、私には推測することもできなかったけれど。

 

 そんな生贄である私の朝食のテーブルに用意されたのは、焼きたてのパンケーキだった。その上には半熟の目玉焼きとカリカリのベーコンが乗っている。美味しそうだった。帝国の凝った朝食より、美味しそうだった。

 まあ、帝国には帝国の良さがあり、魔国には魔国の良さがあるということだけど。私としては、こんな素朴な感じって好きなのよね。

 ポタージュスープのほか、添えられているのはミニトマトに、葉野菜に、これは何かしら、緑色の果物?

 飲み物は野草の根から作るという珈琲だった。珈琲が苦手な私でも飲みやすく、ミルクを入れればカフェオレのようで、私は気に入ってしまった。

 

 そんな朝食後にやってきた女官長は、侍女と同じく無表情だった。

 わからないわ。実は、これは魔族の作法なの?それとも、やはり私が気に入らないの?

 そんな女官長は淡々とこう言った。

「生贄様の今日のスケジュールでございますが。

 午後より陛下とのティータイム。以上でございます。」


 ……いやいや、本当にそれでいいの?私、生贄よね?



 そして午後。魔王の寝室の隣にある生贄専用の私室で、私はおそるおそるソファーに座っていた。底辺の姫だった私には、この部屋は豪華すぎた。さりげなく飾られているものから何から、この部屋には質の高いものしかない。

 そこにノックの音が響いた。あ、陛下だとすぐに分かった。なぜならドアの向こうから、魔王の魔力の気配がするから。

 侍女がすっとドアを開ける。


「姫、一人にして申し訳なかった。しばらく国を空けていたので、政務が立て込んでいたとはいえ。」

「陛下こそ、お忙しいなかお時間を取っていいただき感謝いたします。ですが、生贄の私に貴重な時間を割いていただいて、よろしかったのですか?」

 陛下が笑みを浮かべる、嬉しそうに。いや、わからないけれど。

「当然だ。姫は俺の生贄なのだから。明日は、午前中も軽いティータイムを一緒に。もちろん、姫にに無理強いはしないが。」

 そう言われては、私もこう返答しないわけにはいかなかった。

「午前のティータイムも、陛下と一緒に過ごさせていただきます。」

 答えれば陛下が笑みを浮かべた。やはり、嬉しそうにみえた。


「さあ、こちらに。」 

 陛下が私に手を差し出す。その手に私の手を乗せて。

 瞬きした後には、別の部屋だった。もちろん驚いたけれど、もしかしてと予想もしていた。でも、もっと驚いたのは。

 床から天井までの大きなガラス窓がいくつも開け放され、その向こうに、広がる大地と雄大な山脈があった。


 陛下に手を取られたまま、バルコニーのテーブルに案内される。椅子に座ってもまだ、私はその景色にみとれたままだった。

「姫は気に入ってくれたか?あれは魔国とエルフの国の境にあるヴァリル連山だ。」

 隣に座った陛下は、ゆったりとくつろいでいるようだった。ここは魔王のお気に入りの場所かもしれない。

「わたくしは帝国の王都しか知りません。しかも王都の一部しか。こんな素晴らしい景色を見せてくださって、ありがとうございます。」

 魔王の魔力が私を取り巻いて揺れた、ワルツでも踊るように。いや、まさか。私の錯覚だわ。


 けれど、陛下はゆったりとこう言った。

「この部屋を俺の生贄専用にしよう。」


 ……待って。そんなつもりで言ったわけでは、まったくない。

「とんでもございません。ここは、陛下がお好きな場所ではございませんか?」

「姫はそれがわかるのだな。」

 魔王が嬉しそうに笑った。

「確かに、俺の気に入っている場所だ。部屋は祝宴や会談の場にも使っている。だが、生贄である姫のためならば。」

 いやいや、生贄のためっておかしいでしょ。

「陛下、わたくしは時々ここに連れてきていただければ十分でございます。どうぞ皆さまにも、この素晴らしい景色をご覧になっていただいてください。」

 陛下がゆったりとうなずく。

「わかった、姫がそう願うならば。」


 そしてこのバルコニーにも部屋にも、やはり侍女も従者も護衛もいなかった。

 テーブルにはすでに、紅茶のポットとカップそして数種類のケーキや焼き菓子が用意されている。

 陛下が手ずから私のカップにお茶を注ぐ。

「姫はどれをご所望かな?」

「え?ええ、ではこちらを。」

 そして、ケーキを皿に取り分けてくれる。

 ……やっぱり、魔王がそんなことして良いの?良くないんじゃない?

 けれど陛下ににこりとすすめられて。すすめられるままに、お茶をいただき、ケーキを食べて。

 気づけばまた、陛下の魔力が私を取り巻いていた。しかも、ご機嫌に揺れている。


「姫、何か不自由なことはないか?」

「よくしていただいております。侍女のスキルも素晴らしいです。」

「ならば良かった。

 姫だけ先に魔国に連れてきてしまったが。必要なものはなかったか?あれば、すぐに俺が転移して持ってこよう。帝国からでも良いぞ。」

 ……本当に、そうなんだ。いやいや、陛下にそんなことをさせるわけにもいかないでしょ。私は恐縮しつつ答える。

「とんでもございません。陛下にそのような手間かけさせるなど。」

 しかし、陛下はゆったりとした笑みを浮かべた。

「俺の生贄のためなら、いくらでも手間をかけよう。」


 ……コワイ。魔王自ら手間暇かけた生贄は、いったいどんな役目を課せられるのか。

 こうして、陛下とのティータイムは終了した。私の本日のスケジュールも、終了してしまった。



 念のため私は、夕食前にやって来た女官長に確認することにした。

「今日の陛下とのティータイムなのだけど、あれで良かったのかしら?」

 あ、ほかに誰もいなかったのだから、この聞き方ではわからないわね。

「陛下が、ご不満ということはなかったかしら?」

 無表情な女官長の表情が一瞬動き、けれど淡々と回答する。

「まったく、全然、少しも、微塵も、問題ございません。」


 そう言われても、何かありえない気がしてきた。

 けれど、単に慣習の違いかもしれない。毎日ケーキを食べさせ、生贄を太らせて、いずれむしゃむしゃと……。

 ああ、私ってこればかりね。自分の想像力の貧困さに、自分であきれた。

 

 でも、むしゃむしゃと食べないならば、魔王は生贄をどうしたいのかしらね?




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