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生贄は魔王の寝室で寝るようです

 

 恋した人から向けられたのは憎しみだった。

 けれど、ただの政略結婚相手の魔王は、私にようこそと言った。たとえ上手く生贄がきたとそんな歓迎だったとしても、礼儀正しかった。



「では姫、こちらに。」

 塔での儀式のあと、魔族の王がまたその手を私に差し出した。

 差し出された手をとって、王と共に歩こうとした一瞬後。

 私はまた別の場所にいた。この魔王はいくつ転移陣を用意しているの?驚くじゃない!

 

 いやいや、ちょっと待って。

 それよりも、私はもっと別のことに驚かなくては、ここはどこ。


 ……。一応私は姫だし、底辺でも姫だし、生贄でも姫だし、客室にでも通されるのかと思ったら。

 このシンプルに見せてさりげなく質の高い、色合いからして男性用の寝室は、まさかの陛下用?つまりは魔王の寝室?

 ちょっと、待って。婚約イコール寝室を共にする、とか?さすがに顔が引きつった。ここまで覚悟は決めていない。姫の矜持なんて忘れて、今すぐ逃げ出したいのだけど……!


 一歩も動けなくなった私を、魔族の王が怪訝そうに見ている。

「姫、どうした?何か、問題があったか?気に入らない物でもあったか?すぐに取り替えさせるが?」

 違うわ。そういう問題ではないのよ。

「すまない。俺も生贄がニンゲンとは思わなかったとはいえ、至らぬ点があったようだ。

 姫、不安があるなら取り除こう。俺に話してはくれまいか?」

 魔族の王はやはり礼儀正しかった。丁寧に私に話してくれた。

 でもね、問題と言おうが、不安と言おうが。私が説明するのは、しにくいのよ!


 そこで魔王が何かに気づいたようだった。

「ああ、そうであった。俺の説明が足りなかった。ニンゲンは、結婚後に寝室を共にするのだったな?

 姫、安心してほしい。俺は姫に無理強いをしたりはしない。結婚後でかまわない。俺が姫に合わせよう。

 だが、魔族は婚約すれば寝室を共にする。俺は別室で寝るから、姫は俺の寝室にいてはくれまいか?」

 

 ……異文化交流、そんな言葉が私の頭に浮かんだ。

 魔王は私に譲歩してくれた。政略結婚で生贄の私に、合わせてくれた。

 それなら、私も魔族の慣習に合わせてみよう。生贄の私が陛下の寝室を使って、陛下自身は別室で寝るとか、大変意味がわからないけれど。

 でも意味が分からなくても、魔王は怒っているわけでもなく、苛立っているわけでもなく、生贄の私に丁寧に話してくれた。


「では姫、おやすみ。」

 ゆっくりと扉が閉まった。魔王の寝室に一人になった。

 私は再び、自分は何をやっているのだろう……と、そんな気持ちになった。

 魔王と婚約、ひとまずはそれだけで良かったのに。魔王の寝室で、一晩過ごすことになろうとは。しかも一晩だけでなく、きっと今後も。

 すぐそこにあるソファに座ることもできず、私は立ち尽くす。


 悲愴感に浸る暇もなく、失恋を嘆く暇も無かった私は、今頃途方に暮れていた。

 私の恋は叶わなかった。そんな私が次に選んだのは政略結婚の生贄。私はこれから、どうしたらいいのだろう……。


 と、せめてそんな気分に浸りたかったのに、そうもいかなかった。この部屋に満ちている魔力のせいで。

 魔族は魔力が多い。エルフと同様、桁違いに多い。私も人間にしては多く、魔力制御に子どもの頃から苦労したものだけど。魔族の王は、桁違いを超えた多さだった。

 魔力が多いと部屋にもその痕跡が、術をほどこしているほどに残るのだろうか。それが魔王の魔力なのはすぐに分かった。その魔力が渦巻いて寝室を取り囲んでいる、まるで檻のように。


 いいえ、檻かどうかはわからないわ。先ほどまでの魔王の魔力は私を傷つけなかったし、拘束するものでもなかったから。

 それと同じものが、この部屋からも感じられた。私を姫として扱ってくれて、礼儀正しく接してくれる、そんなベルンハルド陛下の魔力。

 他人の魔力がこれほど近く感じられるのは落ち着かないものだけど、立ち尽くすうちに、私は少しずつそれに慣れてしまった。


 しばらくして、小さくドアが開く音がした。侍女姿の若い魔族が二人、立っていた。それが無表情で淡々と一礼する。

「生贄様専属の侍女でございます。お着替えと湯あみのお世話をさせていただきます。」

 淡々と無表情で侍女は仕事をした。その仕事は申し分なかった。姫として底辺の私の侍女よりも、よほど。


 湯あみが終われば、侍女の一人が布地を手に持ってきた。

「生贄様専用にご用意させていただいた寝衣でございます。こちらと、こちらと、こちら。お気に召さなければ、すぐさま生贄様のお荷物よりご要望のものをお持ちします。」

 不思議に思って聞いてみる。

「私の荷がもう届いているの?」

 もう一人の侍女が淡々と答えた。

「申し訳ございませんが、まだ王国にございます。

 陛下と生贄様のみ、一足先にお戻りになられましたので。あと側近の方々数名も。

 そのほかの者は馬車と鉄道を使い、観光もとい周辺国の調査も兼ねながら戻りますので、少々時間がかかります。

 ですので、生贄様のお持ち物でご要望があれば、何時でも、すぐさま、陛下が転移魔法で持ってくるとのことでございました。」

 

 ……それは何か、ヘンじゃない?

 生贄のために、わざわざ陛下が転移魔法を使うと?ただの政略結婚相手の物を、転移魔法を使ってまで持ってくると?そして陛下、ゆったりと見せて実はフットワークが軽いの?

 ぐるぐると考えている私を、目の前の侍女は無表情で待っていた。ああ、ごめんなさい。こんな姫の世話はさっさと済ませたいわよね。


 侍女が持ってきてくれた寝衣を見る。それは上品で質の良いものだった。姫として底辺の私が使っているものよりもよほど。しかも可愛かったり、清楚だったり、レースが美しかったりと、三種類もあって迷うほど。

 私は一番控え目なデザインを手に取った。

「こちらを使わせてもらうわ。」 

 着るのを手伝ってもらう間に、寝る前のハーブティーや水差しも用意された。


 カップからはほっとする良い香りがした。魔族のハーブティーの味など想像もつかなかったけれど、おそるおそる口を付ければ、ふつうの美味しいハーブティーだった。

 飲み終えて、さて次はと考えたところで。気づけば私は、侍女二人に無表情で見つめられていた。

 そうね、魔王の寝室に生贄の私がひとり。ソファのすみで丸まっていようかと思ったくらいだけど、ベッドの端っこで寝ることにした。


 侍女も下がり、ぽつんと明かりが灯るなか、私は寝室の天井を見上げる。本当に魔国に来てしまった、どうしよう……とぼんやり考えているうちに、私は眠ってしまった。



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