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生贄は大切にされるみたいです


 魔王がどう話をつけたのか、私にはわからない。

 けれど帝国に対抗できるとすれば、エルフか魔族。だからこそ婚約者を変えられると望みをかけた。

 その詳細について、魔王は話さなかった。生贄に話す必要はないということかもしれない。


 ただ差し出された手に、私の手を乗せ立ち上がる。戻るというからには、魔国に出発するはず。人間には非常識な夜でも、馬車にでも乗って。いえ、魔国の馬車は大きなトカゲが引いているのだったかしら?

 そして私は――。


 気づいたときには、一瞬でどこかに着いていた。

 魔王の差し出す手に、私の手を乗せたまま。

 ええと、どこ?もしかして、魔国だとでも?いえいえ、まさか?


「姫、ようこそ、魔国の王城へ。」

 春風のような魔力が幾重にも私を取り巻いていく。その魔力の持ち主である魔王は、怜悧な美貌に笑みを浮かべている。

 実は、魔王はご機嫌なのかもしれない。いや、わからないけれど。


 でも、ちょっと待って。王国から魔国までは遠い。間違いなく遠い。馬車で何日かかることか。だから、転移陣を使わなければ一瞬で着くことなどできない。先ほどの移動に、膨大な魔力が使われたのも感じたけれど。

 魔導具による転移は、転移酔いがひどいと聞いている。でも私は、くらりともしなかった。


「姫、もしかして酔ってしまったか?できるだけ慎重に転移したのだが。

 すまない。俺もニンゲンと共に転移するのは初めてで、加減が分からなかった。次はさらに慎重に転移を使おう。」

 確かに私も、魔王と共に転移することになろうとは思いもしなかったけれど。人生のうち一度でも。


「姫、すぐに医師と薬師の手配をする。」

 魔王の言葉に、私は慌てて答えた。

「それには及びませんわ。ただ、わたくしは驚いていたのです。一瞬で魔国に到着したようですので。」

 ええ本当に。政略結婚の生贄になるのだと、悲愴な気分に浸る暇もなかった。


「では、酔ってはいないのか?医師も薬もいらないと?俺は、姫を大切にしたいのだが。」

 なるほど。いずれ生贄にするためには、ある程度大切にしなくてはならないということね?

「お心遣いありがとうございます。わたくしは酔っているわけではございません。

 ただ、魔導具による転移は酔いがひどいと聞いたことがあります。それがないので驚いたのでございます。」


 魔王がゆったりとした笑みをみせた。

「魔導具ではない、俺の転移魔法だ。」

 ……驚いた。膨大な魔力を喰う転移魔法。あらかじめ魔力をこめた転移陣を用意していたにしても、すごい。しかも、おかげであっという間についてしまい、失恋を嘆く暇もなかった。

「陛下の魔法は、その、すごいのですね。おかげさまで酔いもございません。」

 魔王が再び微笑む。取り巻く春風のような魔力が、私の周りで踊っているようだった。

 もしかして、魔王は喜んでいるの?

 いや、まさかね。どこに喜びポイントがあったのかわからないし。


 そうして着いたところは、謁見の間か舞踏会用のホールか。ただ暗闇が広がっていた、天窓から差し込む一筋の月光を除いて。

 その月の光が、私と魔王の間に落ちる。私たち二人を包み込む。

 

 もし、こんな雰囲気の場所で愛を告げられたなら。

 思わずそんな想像をしてしまい、そんな自分にあきれた。

 私は生贄。私は生贄。心配しなくとも、そんなことは起こらない。悲愴な気分に浸れず、失恋を嘆く暇もなかった私が、ちょっと妄想してしまっただけ。

 魔王が感慨深げに月を仰いだとしても、魔王には魔王の理由があるだけだわ。

 

「姫、ここは儀式用の塔なのだ。魔族の王が、生贄を得たときにのみ開かれる。

 姫はすぐに気づかれたようだが、俺の魔力量は相当多い。」

 私は神妙にうなずく。確かに、一国を滅ぼしかねないほどには。何代か前の魔王が周辺国を征服しようとし、あやうく達成されそうだった程度には。


「だが姫、俺の魔力が姫を傷つけることは決してない。」

 魔王が安心させるように私に笑みを向ける。

「儀式といっても、すぐに終わる。もちろん痛くはないし、怖くもないと保障しよう。

 一瞬で終了だ。始めても良いか?」


 そこで気づいた。

 ちょっと、待って?今から一瞬で生贄としてむしゃむしゃ食べられて、終了?私の命運ここで終わり!?

 などとパニックになりかけたところで、魔王が私の前に片膝をついた。それはまるで王子が姫君に求婚するときのような雰囲気で。


 けれどその雰囲気を、私たちを取り巻く魔力がぶち壊した。魔族の王の膨大な魔力が、暴風のように塔にあふれ満ちてゆく。

 魔王の魔力が私を傷つけることはない。そう言われても、その魔力は怖ろしかった。けれど、それでも魔王の力が私を傷つけないことは確かだった。


 緊張していた体の力をゆるめる。ゆるめれば、魔王の魔力が私を守るように渦巻いていることもわかった。その魔力が春風のようにあたたかなことも。

「姫は本当に、よくわかっている。」

 何をと問い返す前に、片膝をついたままの魔王が私を見上げ、極めて真面目にこの言葉を告げた。


「メリッサ姫、貴女を俺の生贄として、生涯大切にすると誓う。」


 次の瞬間、魔力がピンと張りつめ、何らかの契約が為されたことがわかった。それがどんな契約なのか、私にはさっぱりわからなかった。ただ魔王と私が細い魔力でつながっているような、そんな感じがした。

 思わず魔王を見返せば、魔王はただ嬉しそうに笑みを浮かべているだけだった。

 そう、魔族の王は嬉しそうだった。私の、気のせいでなければ。


 でも。

 生贄を生涯大切にしてどうしようというの?

 死ぬ間際まで大切に育てて、最期にむしゃむしゃ食べたいってこと?





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