生贄は再度、生贄の意味をたずねます
「ぜひ、お聞きしたいのですが。なぜ生贄という言い方をするのでしょうか?」
庭のベンチに二人並んで座り、私は今こそと問いかける。降りしきる花びらの中で。
そう、ベルン様の魔力は未だにその状態だった。あとから、あとから、花びらが降ってきて、私はそれに埋まってしまいそうだった。錯覚だけど。
加えて私は、いつにも増してベルン様の魔力に取り巻かれていた、幾重にも厳重なほどに。
ベルン様がゆったりとうなずく。
「初めから生贄の意味を解説しておけば良いものをと、姫もそう思うのだな。
そのとおりではあるのだが。」
ベルン様がため息をついた。
「生贄が異種族の場合、怖がられることが多いのだ。」
いやいや、それは当たり前じゃない?生贄なんて言い方をしたら。
けれど、ベルン様はゆったりと首をかたむけた。
「やはり、姫にはわかりにくかったか。
生贄とは魔族にとって、“生贄”としか表現しようのない存在。
あえて姫に分かりやすい言葉にするなら、生涯添い遂げるツガイとか、唯一無二の愛する者、ということになるが。そんな言葉では到底足りぬほど、愛しく大切な存在なのだ。」
……もしかして私、再度ものすごい愛の告白をされているのかしら。
けれど、ベルン様は再度ため息をついた。
「だが、これは他種族からみて、どうも重たく感じるようだ。
逃げられてしまうのだ。むろん追いかけて捕まえるが。」
いやいや、そんなふうに魔族が追いかけるから、逃げたくなるんじゃない!?
けれど、ベルン様は希望に満ちた眼差しでこう言った。
「なので生贄が他種族であった場合、一生涯だとか、唯一無二だとか、愛しくてしょうがないとか、そんな言葉は使わず、ひとまず捕獲して魔族に慣れてもらうことから始める。というのがセオリーになっている。そして慣れてくれるまで、ひたすら待つのだ。」
「……まあ、そんな、セオリーが。」
それはわかったけれど、私もそのセオリーを使われた気がするけど、私が聞きたいことはそこじゃなくてね?
ベルン様が穏やかに笑みを浮かべる。
「だが姫の場合、帝国や王国と全面戦争をしてでも、姫が手に入るならばと考えてもいたのだが。
無論今時、魔族とニンゲンの戦争など流行らない。部下どもからは穏便に、穏便に、とにかく王子を抹殺しろとか、姫をさらえば万事解決とか、そんな案も出ていたが。
そこに、姫自ら婚約の話を持ち掛けてくれたのだ。」
……誘拐とか、抹殺とか、全面戦争とか、陛下がそんな方向に突っ走らなくて本当に良かった。でも、私が聞きたいのはそこじゃないのよ。
「なぜ、 なぜ生贄という言い方をするのでしょうか?」
ベルン様がゆったりとうなずく。
「それは魔族の古語だ。ほかの言葉には訳しようがない。だから、その言葉を使うしかない。」
「生贄と?」
「そう、生贄。いや、姫の言い方だと、発音がほんの少し違うか。」
「……生贄とは、発音が違うのですか?」
「ほんの少し違う。サクルィーフィス。もちろん姫の発音でも、十分通じているが。」
いや、通じてないんじゃない、もしかして?
そして私も、生贄だとばかり思っていたと!?
「ベルン様、生贄という発音に該当する言葉は、魔国にはないのですか?」
「ないな。それは帝国特有の、もしくはニンゲン特有の言葉ではないか?」
そうだった。ニンゲンも魔族もエルフもドワーフも妖精族も巨人族も、五百年前から大陸共通語と呼ばれる言語を使っているけれど、それぞれの国に古語があり、それぞれの国に特有の言葉がある。
つまりは、そんな事情から起こった紛らわしい勘違い。
ちょっと、待って。それなら、ベルン様は最初から。
生贄と私を呼ぶたびに、 生涯添い遂げるツガイとか、唯一無二の愛しい者と、言ってくれていたということ?
パストゥールの王城で会ったときも、魔国の塔での儀式のときも。それからの毎日も、ずっと。
一気に恥ずかしさがこみあげた。同時に、たとえようもなく嬉しい気持ちも。
「姫、魔力が動揺している。何か、驚くことでもあったか?」
そうね、驚きでいっぱいだわ。
「ベルン様、長く共に過ごすには、わだかまりは少ない方がいいとお考えでしたよね?」
そして私は発音の違いについて話し、ニンゲンでいう生贄の意味について話すことにした。
ベルン様は隣でじっと聞いてくれていた。そして。
ベルン様の魔力が一気にしおれた。
「俺は、姫に、そんなふうに思わせていたのか……。」
陛下の怜悧な美貌に激しい苦悩が刻まれる。
しまった、ここまで悩まれるとは思わなかった。
「そんなに、そこまで、お気になさらないでください。気づかなかった私も、少々どうかと思いますから。」
まあ、そこが、思い込みなのだけど。底辺の姫が誰かに愛されるなどありえない、だから生贄だし政略結婚だしそれが当然と、私は思い込んだわけで。
ベルン様が顔を上げる。
「姫は気にしなくて良いというのか?」
「はい、わだかまりになりそうなものを、解消したかっただけですので。」
「わかった。ではもう一つ解消させようか。」
ベルン様が穏やかに微笑む。
「パストゥールの王子を抹殺したくなったら、教えてくれ。いつでも叶えよう。」
……それは冗談にしておいて、お願いだから。
ベルン様がやはり穏やかに微笑む。
「では、あの王子のことを調べさせようか。姫がこれ以上気に病むことのないように。」
「いいえ。」
と私は首をふる。
「私ができることは、関われることはもうありません。
できれば王子の愛する方と幸せになってほしいと、望みましたけれど。それも、私にはもう関われないことです。
私はただ、王子の幸せを祈ります。
あのように悲痛な声で、表情で、愛することなどできない、そう言わなくてもすむように。」
私は空を見上げる。どうかこの願いが届くようにと。
ベルン様の手が、そっと私の髪に触れた。
「俺のサクルィーフィス 。姫にとっては今も、生贄という言葉にしか聞こえないだろうか?」
「いいえ。」
私は答える。そう、本当に。
「もう生贄とは聞こえません。生贄とは別の言葉に聞こえます。」
「そうか。」
ベルン様が微笑む。
そんなベルン様の魔力に幾重にも取り巻かれたまま、私はもう一度見上げる。
空から降ってくる、花びらを。
あとから、あとから降ってくる、尽きることのない花びらを。




