表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/32

生贄は再度、生贄の意味をたずねます


「ぜひ、お聞きしたいのですが。なぜ生贄という言い方をするのでしょうか?」


 庭のベンチに二人並んで座り、私は今こそと問いかける。降りしきる花びらの中で。

 そう、ベルン様の魔力は未だにその状態だった。あとから、あとから、花びらが降ってきて、私はそれに埋まってしまいそうだった。錯覚だけど。

 加えて私は、いつにも増してベルン様の魔力に取り巻かれていた、幾重にも厳重なほどに。


 ベルン様がゆったりとうなずく。

「初めから生贄の意味を解説しておけば良いものをと、姫もそう思うのだな。

 そのとおりではあるのだが。」

 ベルン様がため息をついた。

「生贄が異種族の場合、怖がられることが多いのだ。」

 いやいや、それは当たり前じゃない?生贄なんて言い方をしたら。


 けれど、ベルン様はゆったりと首をかたむけた。

「やはり、姫にはわかりにくかったか。

 生贄とは魔族にとって、“生贄”としか表現しようのない存在。

 あえて姫に分かりやすい言葉にするなら、生涯添い遂げるツガイとか、唯一無二の愛する者、ということになるが。そんな言葉では到底足りぬほど、愛しく大切な存在なのだ。」

 ……もしかして私、再度ものすごい愛の告白をされているのかしら。


 けれど、ベルン様は再度ため息をついた。

「だが、これは他種族からみて、どうも重たく感じるようだ。

 逃げられてしまうのだ。むろん追いかけて捕まえるが。」

 いやいや、そんなふうに魔族が追いかけるから、逃げたくなるんじゃない!?


 けれど、ベルン様は希望に満ちた眼差しでこう言った。

「なので生贄が他種族であった場合、一生涯だとか、唯一無二だとか、愛しくてしょうがないとか、そんな言葉は使わず、ひとまず捕獲して魔族に慣れてもらうことから始める。というのがセオリーになっている。そして慣れてくれるまで、ひたすら待つのだ。」

「……まあ、そんな、セオリーが。」

 それはわかったけれど、私もそのセオリーを使われた気がするけど、私が聞きたいことはそこじゃなくてね?


 ベルン様が穏やかに笑みを浮かべる。

「だが姫の場合、帝国や王国と全面戦争をしてでも、姫が手に入るならばと考えてもいたのだが。

 無論今時、魔族とニンゲンの戦争など流行らない。部下どもからは穏便に、穏便に、とにかく王子を抹殺しろとか、姫をさらえば万事解決とか、そんな案も出ていたが。

 そこに、姫自ら婚約の話を持ち掛けてくれたのだ。」


 ……誘拐とか、抹殺とか、全面戦争とか、陛下がそんな方向に突っ走らなくて本当に良かった。でも、私が聞きたいのはそこじゃないのよ。

「なぜ、 なぜ生贄という言い方をするのでしょうか?」


 ベルン様がゆったりとうなずく。

「それは魔族の古語だ。ほかの言葉には訳しようがない。だから、その言葉を使うしかない。」

「生贄と?」

「そう、生贄。いや、姫の言い方だと、発音がほんの少し違うか。」

「……生贄サクリフィスとは、発音が違うのですか?」

「ほんの少し違う。サクルィーフィス。もちろん姫の発音でも、十分通じているが。」

 

 いや、通じてないんじゃない、もしかして?

 そして私も、生贄だとばかり思っていたと!?


「ベルン様、生贄サクリフィスという発音に該当する言葉は、魔国にはないのですか?」

「ないな。それは帝国特有の、もしくはニンゲン特有の言葉ではないか?」


 そうだった。ニンゲンも魔族もエルフもドワーフも妖精族も巨人族も、五百年前から大陸共通語と呼ばれる言語を使っているけれど、それぞれの国に古語があり、それぞれの国に特有の言葉がある。

 つまりは、そんな事情から起こった紛らわしい勘違い。


 ちょっと、待って。それなら、ベルン様は最初から。

 生贄と私を呼ぶたびに、 生涯添い遂げるツガイとか、唯一無二の愛しい者と、言ってくれていたということ?

 パストゥールの王城で会ったときも、魔国の塔での儀式のときも。それからの毎日も、ずっと。

 一気に恥ずかしさがこみあげた。同時に、たとえようもなく嬉しい気持ちも。


「姫、魔力が動揺している。何か、驚くことでもあったか?」

 そうね、驚きでいっぱいだわ。

「ベルン様、長く共に過ごすには、わだかまりは少ない方がいいとお考えでしたよね?」

 そして私は発音の違いについて話し、ニンゲンでいう生贄の意味について話すことにした。

 ベルン様は隣でじっと聞いてくれていた。そして。


 ベルン様の魔力が一気にしおれた。

「俺は、姫に、そんなふうに思わせていたのか……。」

 陛下の怜悧な美貌に激しい苦悩が刻まれる。

 しまった、ここまで悩まれるとは思わなかった。

「そんなに、そこまで、お気になさらないでください。気づかなかった私も、少々どうかと思いますから。」

 まあ、そこが、思い込みなのだけど。底辺の姫が誰かに愛されるなどありえない、だから生贄だし政略結婚だしそれが当然と、私は思い込んだわけで。


 ベルン様が顔を上げる。

「姫は気にしなくて良いというのか?」

「はい、わだかまりになりそうなものを、解消したかっただけですので。」

「わかった。ではもう一つ解消させようか。」 

 ベルン様が穏やかに微笑む。

「パストゥールの王子を抹殺したくなったら、教えてくれ。いつでも叶えよう。」

 ……それは冗談にしておいて、お願いだから。


 ベルン様がやはり穏やかに微笑む。

「では、あの王子のことを調べさせようか。姫がこれ以上気に病むことのないように。」

「いいえ。」

と私は首をふる。

「私ができることは、関われることはもうありません。

 できれば王子の愛する方と幸せになってほしいと、望みましたけれど。それも、私にはもう関われないことです。

 私はただ、王子の幸せを祈ります。

 あのように悲痛な声で、表情で、愛することなどできない、そう言わなくてもすむように。」

 私は空を見上げる。どうかこの願いが届くようにと。 

 

 ベルン様の手が、そっと私の髪に触れた。

「俺のサクルィーフィス 。姫にとっては今も、生贄という言葉にしか聞こえないだろうか?」

「いいえ。」

 私は答える。そう、本当に。

「もう生贄とは聞こえません。生贄とは別の言葉に聞こえます。」


「そうか。」

 ベルン様が微笑む。

 そんなベルン様の魔力に幾重にも取り巻かれたまま、私はもう一度見上げる。


 空から降ってくる、花びらを。

 あとから、あとから降ってくる、尽きることのない花びらを。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ