生贄は告白します
“姫にとって俺は、政略結婚の相手でしかない。それでも、俺のそばに来てほしかった。”
ちょっと、待って?
「あの、ベルン様にとって、私は政略結婚の相手ですよね?」
ベルン様が一歩近づく。
「姫、それは違う。姫にとってだけ政略結婚なのだ。」
いや、だって、でもね?
「しかし、ベルン様にとって私はただの魔力調節の道具で。」
ベルン様が一歩近づく。私は一歩下がる。
「姫、それはまったく違う。結果的に、姫がそばにいれば俺の魔力が安定するだけだ。その結果、周りの皆が喜ぶ。」
けれど、でも、ええと。
「ベルン様にとって私は、生贄ですよね?」
ベルン様が一歩近づく。
「そうだ、姫。何より愛しい、俺の生贄だ。」
混乱した。何か、オカシイ。生贄が愛しいって、ヘンでしょ?
生贄が愛しいというなら、そもそもの前提がオカシクなってしまう。だって生贄とは、魔王に捧げられた供物でしかありえないのに。
私は一歩下がれば、ベルン様が一歩近づいた。
「姫。なぜ、姫が俺の結婚相手で、魔力安定ができるニンゲンなのだと思う?」
「それは、魔力の相性が良いから。」
「なぜ、魔力の相性が良いのだと思う?」
それは以前もした問答だった。私にはその理由がわからない。だから、こうとしか答えられない。
「それは、たまたま。」
ベルン様がまた一歩近づく。私は下がろうとして、できないことに気づいた。四阿の柱に追い詰められてしまった。
ベルン様が私を見下ろす。その真紅の瞳でじっと。
「それは、違う。俺にとって姫は特別だから、何者にも代え難い特別だからだ。
俺は姫を愛している。
おや、そんなに驚くことか?」
ベルン様の手が私の髪に触れる。
「姫は、そんなふうに驚いた顔も愛らしいな。いや、パストゥールの城で俺の部屋に来た時も、たとえようもなく愛らしかったが。」
いや、いやいや。あり得ない。底辺の姫である私が、誰かに愛されるとか、あり得ない。あり得なくてコワイ。コワすぎる。でも、もう一歩も下がれない。でも、でも。
「あり得ない……。」
けれどベルン様はさらに一歩近づき、私を見下ろす。
「あり得ない?それは、違う。
姫はあの王子とひとこと話しただけで、恋に落ちたと言わなかったか?
ならば、俺が姫を一目見ただけで恋に落ちることもあるとは、思わなかったか?」
そう言われても、私は知らない。私が魔族の王と初めて会ったのはパストゥールの城。だから、会うこともなく魔王が私に結婚を申し込んだのは、政略結婚だと、生贄として必要だからと、そう考えて。
「いつ、私はベルン様とお会いしたのでしょうか?」
「文化的施策に取り入れられないかと、帝国の舞踏会を姿を隠して観察していた、その時に。」
ベルン様の手が私の髪をなでる。ただ、そっと。
「つまりは一目惚れだ。
ただ魔族の一目惚れは、ニンゲンのものとは少し違うが。
そうだな、ツガイという言葉なら姫にも分かりやすいだろうか。
魔族が一目惚れした相手は、生涯添い遂げる唯一無二のツガイだ。」
ベルン様の手が私の髪をなでる。そっと、撫で続ける。
「姫はやはり、パストゥールの王子が恋しいか?
その姫の恋しい気持ちを無下にするなど、まして馬鹿にするなど、俺にはできない。
なぜ俺が、あの王子の生誕祭という名の舞踏会に参加予定だったと思う?
パストゥールは魔国の近隣国でも何でもない、元より交流もない。招かれてもいない舞踏会に近い日に、なぜ俺がいたと思う?
その日を狙ってパストゥールの魔石と魔国の宝石の取引をもちかけ、パストゥール城に滞在できるようにし、招待されていない舞踏会への出席を承諾させたのは、なぜだと思う?」
ベルン様の真紅の瞳がじっと私を見下ろす。
「姫に一目、会いたかったからだ。
姫を諦めきれなかったからだ。
姫が本当に幸せかどうか、確かめたかったからだ。
姫の瞳に、一度でもこの俺を映してほしかったからだ。
もちろん、姫を手に入れる王子に多少の嫌がらせをしてやろうと思ったからでもある。
こんな俺は、愚かと思うか?
こんな俺の行動は、姫には愚かに見えるか?
浅はかで、価値がなく、意味もないものだろうか?
姫はどう思う?」
私の恋心は、愚かだった。浅はかで、愚かで、どうしようもなく。けれど。
涙があふれた。
ベルン様の指が私の涙をすくう。私の涙をぬぐう。
「姫は、パストゥールの王子が恋しいか?」
「いいえ。」
私は答える。コワイ。あり得ない。コワくてたまらない。それでも、私の気持ちを伝えたい。
「私は今、片思いをしているんです、ベルン様に。」
そう言葉にすれば、ベルン様はただ驚いたようだった。
「俺は、どうすれば姫の心を手に入れられるかと、悩んでいたのだが。
もし手に入らなくとも、天に召されるその前に、姫が俺と過ごした時間をほんの少しでも喜びと感じてくれるなら、それでいいとすら思っていたのだが。」
ベルン様の手が私の頬に触れる。
私は急に恥ずかしくなって視線をそらしつつも、ちらりと見上げる。
「あの、私の気持ちは、もしかしたらご存知だったのでは?」
「なぜ、そう思った?」
私にそれを言わせるの……。
「私の魔力の様子に、お気づきだったかと。」
ベルン様が笑みを浮かべた。
「確かに、姫が俺の魔力に敏感なように、俺もまた姫の魔力には気づいていた。姫が俺と共に過ごすとき、魔力が楽しそうに揺れていることも。
だが、魔力がすべてを伝えてくれるわけではない。
姫は、俺に片思いをしていると言ったか?それはどういう意味か、答えてはくれないか?」
……私にそれを言わせるの。あり得なくてコワイ。それでも、私は覚悟を決める。
「ベルン様が、好きです。」
空から花びらが降ってくる、あとから、あとから。そんなベルン様の魔力が庭に満ちた、あふれそうなほどに。




