生贄は陛下を愛称で呼びます
陛下は私の提案を楽しみだといってくれた。いつものゆったりとした笑みを浮かべて。
私を取り巻く陛下の魔力は、きらきらした光が跳ねているようだった。
そして、魔国の料理人たちのおかげで、これぞ帝国風アフタヌーンティー、に似た何かができあがった。
一口サイズの四角いサンドイッチが三種類、これは帝国風。ひき肉のパイは魔国のスパイスをきかせて。新鮮な野菜のサラダに、ピクルス。ケーキは帝国風ピーチタルトと、魔国の真っ黒なチョコレートケーキ。
そして、あのさっくり感を再現したスコーン、濃厚なクロテッドクリーム、そしてアプリコットジャムとラズベリージャム。
生贄専用の庭のテーブルに、侍女たちが料理を並べ、スイーツを並べ、お茶のポットとカップとミルクも用意して、最後に私が確認し、さあ、陛下が訪れる時間。
侍女も皆、庭から退出し、ここには私ひとりだけ。ふと思った。
もし、陛下をがっかりさせてしまったら。
がっかりしても、きっと私の気持ちは受け取ってくれる。
陛下ならきっと、そうしてくれる気がした。
結局、陛下はコワイほど大絶賛してくれた。ついでに陛下の魔力は、きらきらした光が舞い踊っているようだった。
そんな魔力で私たちを取り巻きつつ、陛下が言った。
「姫、そろそろ俺の名を読んでくれないか?」
……ちゃんと覚えているわ、愛称で呼んでほしいと言われたことは。
でも、私は生贄なのに愛称で呼ぶほど親しくなってどうするのと、そんな気持ちがあった。
生贄とは何なのか、未だ私にはわからない。陛下の魔力調節装置、もしくは魔力安定装置というには、それを生贄と呼ぶ理由がわからない。
けれど、毎日ティータイムで顔を合わせ、共に散歩し、会話をして、夕食も一緒に過ごせば。もう十分なほど親しくなってしまった。私の懸念が馬鹿馬鹿しくなるほど、親しくなってしまった。
それならもう、いいじゃない。
思い切って声に出してみる。
「ベルン様。」
「やはり姫には、そう呼んでほしい。」
陛下の魔力がますますキラキラとして。……何だか、光のシャワーを浴びているようだわ。
よく分からないけれど、陛下は本当に喜んでいるのかもしれない。
そして数日に一回、ガーデンアフタヌーンティーが行われるようになった。料理長が毎回メニューについて私に確認してくるけれど、そんな必要がないほど魔国の料理人たちはマスターしてしまった。
しかも帝国にはなかったアイデアまで出てきて、大変素晴らしい。
それはそれとして、今日の私は、ティータイムに新たな品を東方から取り寄せたので試してみたいと思っている。
それは文献で読んだことがあるだけで、実際に見たことはないもの。でも、前々から気になっていたもの、いつかは実物を見てみたいと。
湯を注ぐと、茶葉が花のように開くお茶。三煎くらい楽しめるらしい。
ベルン様とのんびり、お湯を注いで、花開くのを待って過ごす時間もいいかなと、そう思った。
けれど。届いたのは、深緑色の茶葉か何かが丸く固められた、妙なものだった。
これ、本当に私が手配してもらった品かしら。侍女たちは興味津々だけど。
それなら試して感想を聞かせて欲しいと、侍女たちにいくつか渡すことにした。大喜びされたけど、私も試してない以上、実験台よ?
そして、私が試す時間はなかった。今日届いたらすぐ試してみませんかと、すでに陛下をお誘いしていたから。
失敗だったわ。お湯を注げばいいだけだと油断していた。せめて私が試す時間を作るべきだった。こんなよくわからないものを陛下にお出しするわけにはいかない、お詫びして。
などと考えたのはすべて無駄になった。陛下も侍女と同様、その丸いものに興味津々だったから。
「姫、これはどのように使うのかな?」
「ベルン様、私も試してないので何とも言えないのですが。その、本当に試されますか?」
「おもしろそうではないか。」
「……お湯を注ぎます。すると花のように開くのだそうですが。」
「では、共に見てみよう。」
そして陛下は、透明な硝子の器にそれを入れて、お湯を注いでしまった。
しばらく待つと、緑の塊がほぐれて、少しずつ開き、中から紅の蕾が姿を現し、その蕾がゆっくりと――。硝子の器に一輪の花が咲いた。
「姫、見事だな。」
「……本当に咲きましたね、ベルン様。」
そして、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
ベルン様の魔力と一緒に、私の魔力もご機嫌に踊っている気がした。
ちなみにこの工芸茶は侍女の間で話題になり、東方よりいろいろ取り寄せることになったらしい。
そして私が次に取り寄せたものは。
これが茶杓?これが茶筅?これが茶器?これが抹茶?知識だけはある、知識だけなら、知識しかないけれど。
とりあえず、失敗したものを陛下にお出しするわけにはいかない。
「なので、練習をしてから。」
そして、まともな何かになったら、
「ベルン様にお出ししたいと、考えております。」
と、届いたものを並べて、生贄専用の庭で陛下に説明していたら。
急に日差しが陰った気がした。それは錯覚のはず、だって日は差しているから。
けれど、私をとりまく空気がひんやりとして。
「いったい“誰と”練習するつもりなのか、俺の生贄である姫が。」
暗雲が立ち込め、嵐の前兆のように陛下の魔力が波立つ。その魔力に当てられて、蛇に睨まれた蛙状態になった私は、ただその言葉を繰り返す。
「え、誰?」
「そう、誰と?」
陛下の深紅の瞳がじっと私を見つめる。背景に、雷光の幻が見えた。
私はただ答える。
「いえ、一人で。」
「一人?」
「はい、もちろん、一人で。侍女はそばにいるかもしれませんが、一人で。その、失敗したら恥ずかしいので。」
陛下がゆったりを首をかたむける。
「俺は、姫が失敗してもまったく構わないが。」
「いえ、とんでもないものができたら、さすがに陛下にお出しするわけには。」
「とんでもないもの?」
「まずさのあまり、昏倒されてしまったり。」
「そんな興味深いものができそうなのかな?」
「いえいえベルン様、そちらより、そんな妙なものを飲まされそうなご自身の心配をなさってください。」
「姫の作る妙なものは、俺の興味をかきたてるが?」
……魔族の好奇心、半端ない。
「いやいや、どうかそんなものに興味をお持ちにならないでください。」
お願いだから!




