生贄は魔族の文化に親しみます
今日も陛下とティータイム。しかも陛下は休日で、生贄とゆっくりすごしたいとのご要望。そう女官長から話が来た。
「ソファでゆっくり、作法なども気にせず、ティータイムをお楽しみくださいませ。」
そして連れていかれたのは、陛下の私室。作法は気にしなくても、別の意味で緊張するじゃない!
そしてやはり、侍女も従者も護衛もいなかった。陛下が私の手を取り、ソファまでエスコート。私はおそるおそるソファに座り……。
陛下の魔力に慣れ、陛下と会話することにも慣れた私は、座り心地の良いソファでくつろいでしまい、残念ながら想像したほどには緊張できなかった。
本当に、自分の図太さが信じられない。
焼き菓子をつまみ、お茶を飲み、私が帝国の話をすれば、陛下が魔国のことを話す。
今日の陛下はこんな話から始めた。
「今、魔国は落ち着いている、そこそこ豊かな国だ。
ただ、魔族というのは少々好戦的な種族なんだ。」
……少々とは思えない。先先代の魔王が周辺国を支配下におこうと攻め込んだのは、それほど昔のことではない。その魔王は、人間もドワーフも妖精族も、そしてエルフにも倒せなかった。
では誰が魔王を倒したかというと、魔族。平和派の魔族の一人が魔王を打ち倒し、代替わりとなった。その際混乱はなく、攻め込んだのは魔王ひとりの暴走で、それ以外の魔族にやる気は全然なかった、とは歴史の講師から聞いたこと。
その際、ちょっとうちの魔王がやんちゃしちゃって本当にご免と、近隣国に手土産持って謝罪に行ったらしい。それ以降、エルフやドワーフや妖精族との交流が盛んになり、徐々に仲も改善されたのだとか。
陛下がゆったりと続ける。
「そんなわけで、他国から野蛮に思われないような趣味を広めようというのが、施策の一つにあるんだ。」
私は真面目にうなずく。他国に攻め込むより、魔族には趣味を楽しんでいてほしい、ぜひ。
陛下がゆったりと続ける。
「まず試みたのが、読書。」
私は真面目にうなずく。意外に、普通だった。もちろん、読書は素晴らしい趣味だと断言するけれど。
陛下がゆったりと続ける。
「その結果、冒険譚がかなり流行った。」
私は真面目にうなずく。意外に、普通のジャンルだった。好戦的だという魔族らしいと思った。それに、これなら私も話に乗れる。
「まあ、私も冒険譚や英雄譚は読んだことがあります。」
うなずいた陛下がゆったりと続ける。
「それより流行ったのが恋愛ものだ、特に純愛。」
あやうく、紅茶にむせるところだった。魔族が恋愛もの、しかも純愛って……。
やはり陛下がゆったりと続けた。
「今は恋愛と冒険譚を合わせたものが好まれているよ。
最近は、ビブリオバトルというものも行っているんだ。」
気を取り直して話題に乗る。それは私も聞いたことがあった。
「まあ、少し存じております。」
陛下が嬉しそうにうなずいた。
「文化的な催しとして、俺も参加する予定になっている。」
「まあ、素敵です。」
「ではぜひ、見に来てはくれまいか。」
「ええ、もちろんですわ。」
そこで気づいた。そんな文化的な催しなら、陛下の婚約者となる私も参加したほうが良いかもしれないと。
確かあれは、おすすめしたい本の紹介をするもの。数人で紹介して多くの観客に読みたいと思わせた人が勝者、そんな催しだったはず。準備が必要だけど、私にもできないことはない。
さっそく聞いてみる。
「もしかして、私も参加したほうが良いでしょうか?」
陛下が嬉しそうにうなずき、そっと私の髪に触れた。
「姫がこちらに合わせようとしてくれるのは分かるが、それはさせられない。生贄は鑑賞する側だから。」
なるほど、そういうこともあるのね。鑑賞しても良いのなら、まずそれをしてみればいいわ。
「では、陛下が本を紹介されるのを楽しみにしています。」
陛下が嬉しそうにうなずき、ゆったりと続けた。
「少々、帝国のルールとは違うのだが。」
「まあ、そうなのですか?」
「こちらでは、好きな詩や、短編、長編小説の一部を朗読しながら、二人ないし複数で戦う。
戦いながらもいかに観客を魅了する朗読ができるかというのが、ポイントだ。
もちろんこれは文化的な催しだから、戦いに勝った方が勝者ではない。最後まで朗読し、朗読ポイントを稼いだほうが勝ちだ。」
……違う。何か違っている。それって、もはやビブリオバトルではないよね?違うよね?
けれど、政略結婚の婚約者で城内ただ一人のニンゲンである私に言えることはただひとつ。
「それは、楽しみです。」
うなずいて、陛下が続ける。
「そのほか、旅行やグルメも野蛮ではないだろう?」
私は気を取り直して、真面目に聞く。
「確かに、そのとおりかと。」
真面目に答えたはずが、私の脳裏に一瞬、クッキングバトルという名の何かが思い浮かんだ。
食器やフォークが飛び交う中、優雅にナイフやフライパンを操り、極上の一品を完成させる陛下。
似合ってる。これは、ありだわ。そして、そんな妄想ができてしまう自分にあきれた。それなのに、あまりな妄想が暴走しそうだった。
極上の逸品を完成させた陛下は、生贄の私のところまで優雅にそれを運び、テーブルに皿を置いて、ニンゲンの私には謎な何かをスプーンですくい、それを食べさせようと……。ストップ、ストップ!
こんなバトルなどないと分かれば、これ以上妄想のしようもないでしょ。
「クッキングバトルなんて、まさかされてませんよね、もちろん?」
陛下がゆったりとうなずいた。
「姫は素晴らしい理解力をお持ちだ。もちろん、あるとも。これも今度参加する予定だ。作った料理はぜひ生贄の姫に食べてほしい。」
……これは魔国がヘンなのか。それとも、私の妄想力が半端ないのか。
そしてやはり、私は食べさせられるらしい。ああ、どんな謎料理を目にするのやら。
けれど生贄の私に言えることはただひとつ。
「それは、楽しみです。」
嬉しそうにうなずいて、陛下が続ける。気を取り直して私は真面目に聞く。
「最近は特に、ガーデニングが流行っているんだ。」
……むせそうになりながら、何とか答えた。
「大変、平和的で、よろしいですね。」
本心である。他国に攻め込むより、余程いいじゃない。
陛下が嬉しそうにうなずく。
「これも皆、なかなか熱が入っていて、来客用に食虫植物の庭を造った魔族は評判が高かった。大型の食虫植物とバトルしつつ庭を鑑賞できると。」
……むせた。
陛下の魔力が優しく私の背をなでてくれるけど。何か、おかしい。いや、おかしいよね?それとも、オカシイのは私のほうなの?
陛下がさらに続けた。
「生贄のために専用の庭を造るというのも流行っている。これはもう何回も雑誌の特集で組まれているくらい人気だ。」
むせそうになるのを笑顔で乗り切った。けれど食虫植物に取り囲まれ今にもあやしい儀式が始まる庭……、という妄想が一瞬で浮かんだ。
陛下が私に向かって微笑む。
「最新の話題は、生贄と一緒に庭仕事をするもので。」
ガーデニング用のエプロンをした陛下が片手にシャベル、片手にジョウロを持って私を誘う、食虫植物たちがうねっている庭へと……、ストップ、これは私の妄想だわ。
だけど、待って。一緒にはまずい。可愛い食虫植物だっているかもしれないけど、それよりも問題が。
「姫も俺と一緒に、ぜひ。」
言いかけた陛下を遮る。無作法なこをとしてしまった。だけど、それは無理なのよ。
「陛下、申し訳ございません。私、花や草木を楽しむのは好きなのですが、育てる方は何と申しますか。陛下がせっかく育てられたものを枯らしてしまいかねないと言いますか。」
うなずきながらも、陛下は残念そうだった。
「楽しみにしていたのだが、姫が望まないなら仕方がない。」
弾んでいた陛下の魔力が一気に床に沈み込んでいくようだった、重苦しい効果音とともに。
……どうしよう、こんなにがっかりさせてしまうなんて。陛下は食虫植物のうねる庭で、そんなにも私とガーデニングをしてみたかったと?
ええと、私はどうしたらいい?食虫植物なら枯らしてもOK?いやいや、陛下が育てられていたなら枯らしちゃダメでしょ。
陛下が顔を上げる。
「生贄専用の庭には来てくれるか?」
……いったい、どんな怪しい儀式をするつもりなの?
けれど生贄の私に言えることはただひとつ。それに何とか私の気持ちも上乗せする。
「ええ、もちろんですわ。楽しみにしております。」




