生贄は陛下に黒歴史を話さねばなりません
“姫とあの王子の経緯を聞いておきたいのだが、かまわないか?”
本当に、何の嫌がらせなの。
けれど、ここまで私の質問について答えてもらった以上、私が話さないわけにもいかなかった。
もちろん逃げ出したくてたまらない、姫の矜持など放り投げて今すぐに。次の瞬間、捕まえられそうだけれど。
結局逃げるふりすらできず、私は話すことになった。
一年前の帝国の舞踏会で、パストゥールの王子に出会ったこと。王子は私の聖属性を素晴らしいと言ってくれたこと。それで恋に落ちたこと。けれど、それを帝国の陛下に利用されたこと。
私と王子の婚約が内々に決まったことで、王子と聖女の婚約は破棄され、聖女は行方不明になったこと。
婚約発表のためパストゥール王国に行けば、王子から私を愛することはないと告げられたこと。
だから、魔国の王に婚約を持ち掛けたこと。
ひたすら、淡々と話した。恋心の残骸も、淡々と消えていくようだった。
けれど、思い返して改めてわかった。どれほど償いたくとも、償って許されたくとも、私にできることはなかった。私が魔国の王と婚約したとて、王子が愛する聖女と再び婚約できるかどうかは、また別の問題なのだから。
それでも王子にチャンスをあげたかった。それでも王子の幸せを願いたかった。できれば許されたかった。たとえ愚かな姫の独りよがりだとしても。王子に許されることなど、ないとしても。
陛下はじっと聞いていた。ただ隣で、愚かな私の話を。
そんな陛下が、私の髪にそっと触れた。
「俺は、恋心も、恋心を諦めきれない気持ちも、悪いとは思わないが。」
その答えは意外だった。
うつむいていた顔を上げれば、陛下が穏やかな微笑を浮かべた。
「だが、それが姫を苦しめるのなら、いっそあの王子を抹殺してしまおうか?
大丈夫だ、安心してほしい。証拠など何一つ残さない、完全犯罪だから。」
……冗談よね?
「わざわざ、陛下の御手を煩わせるようなことではございませんので。」
「生贄である姫の願いなら、俺は喜んで叶えよう。」
……冗談、よね?
「それには及びませんわ。魔国のためもなりません。ですが、わたくしのことを慮ってくださったこと感謝いたします。」
「姫の意思を尊重しよう。だが、非常に、真に、残念なことだ。」
……本当に、冗談よね!?
陛下は変わらず穏やかな微笑を浮かべて言った。
「それでも俺は伝えよう。姫の思惑が何であれ、あの王子の幸せのためというのであれ、姫が今ここに、俺のそばにいて、俺の婚約者であることが重要なのだと。」
陛下のその言葉は、胸に突き刺さるようだった。ここで、私のもう一つの罪を突き付けられるとは。
私はすぐさま立ち上がり膝を折る。
「陛下、申し訳ございません。
陛下は私を婚約者として丁重に迎え入れてくださいました。
私はただ、自分の罪を償うため、王子にチャンスを差し上げるため、それだけのために陛下に婚約を持ち掛けました。失礼なことをしてしまったと。
陛下はこんなにも、私に歩み寄ろうとしてくださっているのに。本当に、申し訳なく思います。」
愚かな私のどうしようもない謝罪。けれど、陛下は穏やかな微笑を浮かべたまま、私の手を取ると再び椅子に座らせた。
「何度でも伝えよう。どんな理由であれ、姫が俺のそばにいてくれることが重要なのだから。
それに、俺は失礼とは思っていない。
姫はここで王子を思って泣き暮らすこともできた。しかし、それは姫の矜持が許さなかったようだ。
俺の婚約者として、共に暮らし、学び、魔族と交流し、我々を知ろうとしている。」
ふと、力強い魔力に包まれた。それがそっと私に触れる、春のそよ風のように。
見れば、陛下が嬉しそうに目を細めていた。
「姫は本当に、俺の魔力に敏感だ。」
……つまり、魔力調節装置として役に立つということよね?
そしてティータイムが終了した後、気づいた。
結局、魔王の生贄とは何なのか?
魔国に来て一か月、私には、未だにわからない。




