第九十五話 マテウスの提案
「で、お前らはそれでもアーカーシャに入りたいのか?」
マテウスが言った。
まるで値踏みするような視線。
──これは、俺たちの覚悟を確かめている。
〝ぶっ飛んでいる〟かどうかを。
俺は、少し息を吸ってから言った。
「査定官デュランをぶっ飛ばして、仲間を取り返したいんです」
俺の言葉に、マテウスは煙草を吸うのを止めた。
「デュランをぶっ飛ばす?」
言葉を繰り返すと、煙を吐きながら笑い始めた。
「ある意味アーカーシャをぶっ壊すよりぶっ飛んでるな。
デュランと言えば式術を無効化できる黒の式者。各国の査定を担う──いわば帝国の中枢だぞ」
「はい。そのデュランに、仲間をさらわれました。なので、ぶっ飛ばして取り返します」
「策はあるのか?」
「現状、ありません。正面突破です」
「もはや無謀の極みだな。だが面白い」
マテウスは再び煙草を吸った。
「協力してくれますか」
俺は、マテウスの目を見ながら言った。
「できる範囲でならな。俺ができるのは、チップの場所の特定くらいだ。
どうやって入るかまでは手伝えない」
「それで大丈夫です。──エイナ」
俺はエイナを見た。
「なんだ?お前のチップを探すんじゃないのか」
マテウスは不思議そうな顔をする。
「いえ──俺たちはチップなんて入っていません。
ユグラシアの人間じゃないので」
俺の言葉に、マテウスは目を丸くした。
「……本当のようだな。電波が一切感じられない。これなら、検知されずに入れるんじゃないのか?検問を突破できればだが」
マテウスは、お手製の機械を俺にかざしてから言った。
他のメンバー、キセキ、メイ、ラウルも同様の反応だった。
最後にエイナにかざした時。
機械が反応して、音を出した。
マテウスが、コンピュータの画面を見る。
「エイナ=ウィザロッド。十八歳。女性。
職業は不定。緑の十八将。よって、主国アーカーシャ以外はフリーパス。
身体情報は──まあいいとして、
お前、出入国履歴が五十三回もあるぞ。どれだけ国を行き来しているんだ」
「国土開発の仕事で、大陸中を飛び回っていましたから。身体情報まで出るんですね。チップの情報から」
エイナは少し不快そうな顔をした。
「チップの情報を解析すれば、生まれてからこれまでの記録はほとんど出せるぞ。今のは検問用の照会情報だけだ」
「……それ以上はやめてください。で、私のチップはどこにあるんですか」
エイナが言うと、マテウスは頭を押さえた。
「厄介な場所なんですか?」
俺が聞くと、マテウスは頷いた。
「ここだ。──頭の中だ」
──選択肢にはなかったものの、タガロの作戦が使えないことが確定した。
「なんでそんな場所に入ってるんですか」
エイナは不服そうな顔をした。
「指とかなら最悪覚悟してたのに、首は切れません」
覚悟してたのかよ。
──改めて、タガロの判断を思うと恐ろしさを感じる。
「チップを入れているのは、出生監理局の仕事だからな。場所の理由は知らん。だが──チップを切り離すのは無理だな」
マテウスが呟いた。
「というか、十八将なら、六帝や六賢を目指せばいいんじゃないか?」
「そんな簡単になれるものではないでしょう。私と言うより──彼らには時間がないんです。アイネさん──仲間を助けないと」
「じゃあ別にお前が行く必要ないじゃないか」
「──彼らの仲間なら、私にとってもアイネさんは仲間です。一緒に行かない理由がありません」
エイナが強く言った。
少し、場が静まる。
「──お前、やっと義理人情を分かってきたじゃねえか」
なぜか、アバロンが腕を組みながら泣いている。
「それだ。それこそが仲間ってやつだ」
──暑苦しい。だけど、エイナがそう思ってくれたことは、嬉しかった。
会ったこともないアイネを救うことを、優先してくれている。
最初は、単純にアーカーシャに行き、知らないことを確かめると言う知的探求心だけだったはずだ。
そのエイナが。
俺たちを仲間だと言ってくれた。
エイナは少し顔を赤くしている。
「とにかく!私は彼らと行かなきゃいけないんです。何か策はないですか」
マテウスは、少し考えた後、コンピュータを触り始めた。
画面に、色々な情報が出てくる。
「今の六帝は──おっ、青帝が変わったんだな。
しかし、空席はないな。
六賢のほうは、と。……あれ、科学の賢者が空位になってるぞ。ギランはどうしたんだ」
不意に知っている名前が出てきて驚く。
ギラン。
ウィザルを襲った、レイサスの同僚。
ウィザルで捕縛されたはずだが──六賢をクビになったのか?
「帝国人事情報によると、〝職務遂行力の欠如〟ってなってるな。なにやらかしたんだ」
マテウスが呟く。
俺たちは知っている。
おそらく、ウィザルの制圧に失敗したことが要因だろう。
しかし、それでクビになるなんて。
助け出したりはしないのだろうか。
アーカーシャの真意が、いまだに掴めない。
「お前、科学の六賢になればいいんじゃないか?」
マテウスが不意に言った。
エイナがきょとん、とした顔をする。
「……私は十八師でもなんでもないですよ。それに、科学は専門外です」
マテウスは笑った。
「知らなかったか?六帝は十八将から自動的に選ばれるけどな、六賢は推薦で選ばれるんだ」
「……そういえば、レイサス叔父様がそんなようなことを言っていた気がします。あまり六賢を想定していなかったので、うろ覚えですが」
「推薦者は三名必要だ。現在の六帝、六賢のうち一人ずつからの推薦。
加えて──過去の同職者からの推薦。二人はこの場にいる」
マテウスはアバロンを見た。
情報管理の六賢、茶の六帝。
「でも、ギランからの推薦は無理だと思いますよ」
俺が言った。
ウィザルまで戻っている時間もないし、
そもそも──推薦するわけがない。
「過去の同職者なら、他にもいるぜ」
マテウスが言った。
「ギランの師匠であり、前任者。この国の科学を創った爺さん。
──コウだ」




