第九十二話 アバロンの力と、酒場作戦会議。
「親方!ちょっと!」
俺たちが話をしていると、男がプレハブに飛び込んできた。
親方──?
「どうした!」
「流砂が出ました!現場に被害が出てます!」
「わかった!すぐ行く。エイナ、わりいがその話は仕事が終わってからにしてくれ」
そういうと、アバロンはプレハブを出て言った。
なんとなく、俺たちもついていく。
それにしても──暑い。
照り付ける直射日光。
よくこんな中で作業ができるもんだ。
アバロンは、車に乗り込んだ。
服装に似合わない、エアカー。
俺たちも車に乗ってそれについていく。
しばらく走ると、砂漠の真ん中が、まるで生き物のように流れている。
建設中の道路が、砂に飲み込まれていく。
一体、どうなっているんだ。
少し離れたところで車を止め、アバロンが走っていく。
「親方!やばいです!全部飲まれちまいます!」
現場で作業をしていた男が叫んだ。
「慌てるな。見とけ」
そう言うと、アバロンは式術を発動する。
「グランド・ロック」
アバロンがそう呟くと──地面が震えた。
地面に沈んでいく砂が──まるで時が止まったように静止した。
「え?止まった」
それを見ていたキセキが呟いた。
アバロンが俺たちを振り返る。
「流砂の原因はな。砂じゃねえ」
そう言った後、地面が音を立て始める。
地面の下で、何かが動いている。
直後。
少し離れた場所から、まるで噴水のように水があふれだした。
「原因は、あれだ。──地下水が悪さしてんだよ。──おい、お前ら」
アバロンは、現場の作業員たちを呼び寄せる。
「排水路整備しとけ。それで、このあたりの地盤は大丈夫だ。
いいか、街づくりの基本は地盤作りだ。忘れんなよ」
アバロンが言うと、作業員たちは、はい!と大きな返事をして、持ち場に走り出した。
「すごい!かっこいい!」
キセキが目を輝かせている。
それを聞くと、アバロンは少し照れながら鼻をこすった。
「坊主。興味あるなら国土開発庁へ来い。鍛えてやるぞ」
「あ、うん……」
キセキが返答に困っていると、エイナが前に出てきた。
「仕事終わったのなら、話の続きをしましょう」
──俺だったら、こんな部下嫌かもしれない。
少し、アバロンを気の毒に思った。
俺たちは、近くの酒場に移動した。
アバロン御用達の店らしい。
ゴツい男が集まっている。
「まだ親方とか呼ばせてるんですか?時代に合ってないですよ」
エイナが水を飲みながら言った。
「うるせえ!時代もくそもあるか!俺は生涯現場だ!」
アバロンは、ビールをテーブルに叩きつけた。
「なんか、親近感湧くわね」
メイがぼそっと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
横でラウルも「確かに」と言っている。
うん。多分ふたりとも、大分類が同じ人種だ。
「あなたは国土開発庁、長官です。本来現場作業をする立場ではないでしょう」
エイナはため息をついた。
「現場を知らずに長官が務まるか!」
アバロンが喚き散らす。
なぜかメイとラウルが深く頷いている。
「それはそうですが、現場だけしかしてないんじゃないですか?長官室にいるところを見たことがないですよ。まあいいです。本題に入りましょう」
「……アーカーシャに入るとか言ってたな」
アバロンは煙草に火をつけた。
「無理なことくらい、知っているだろう」
「はい。六帝、もしくは六賢しか入れない国。そもそも、ここバドールも元々の住民以外、十八将、十八師しか入れません」
「分かっているじゃねえか。ん?そういえば、お前のツレは……十八将ってことか?」
アバロンは、気づいたようだ。
「いえ。違います。彼らは──チップが入っていません」
「どういうことだよ。帝国民は全員チップが入っているだろう?まさか、リターニア国民か?」
最近聞いた国名が出てくる。そうか、リターニアは帝国に属していないから──チップが入っていないのか。
「いいえ。リターニア国民は基本、国から出ないでしょう。一人だけ特殊な人を知っていますが……。彼らは、我々の知らない大陸から来ました」
「は?そんなわけないだろう。かろうじて文明がある大陸は、リターニアだけだろう」
「私もそう教わってきました。ですが、それは真実ではありません。
ロッド大陸。彼らの暮らす大陸です」
エイナの言葉に、俺は頷いた。
「アバロンさん。俺たちも、ユグラシアのことを知りませんでした。
意図的に──分断されていたようです」
俺は言った。
「分断?」
アバロンは顔をしかめた。
「はい。青帝プルークによって海を。紫帝ファイスによって精神を。意図的に、この世界は分断されていました。──アーカーシャの意志によって。
私たちは、アーカーシャに行って確かめなければいけません」
「それが、目的か?」
「いえ。それよりも大事な目的があります。」
俺が答えた。
「アイネを──仲間を救わなくちゃ」
「ほう。詳しく話せ、坊主」
アバロンは眉を動かした。
「そりゃあ許せねえなあ!いくら帝国でもよぉ、人をさらうのは違うだろうが!」
アバロンは、顔を赤くしながら机を叩いた。
見た目と違って、酒は強くないのかもしれない。
気が付けば、ラウルとメイも酒を飲んでいた。
なんだかアバロンと意気投合している。
エイナが咳払いをする。
「長官。酔う前に改めてお願いです。ご協力いただけませんか?」
「協力ぅ?当たり前だ!してやるよ。
……してやりてえよ。だけどな、問題が多すぎるぞ」
アバロンは目が座っている。
「ひとつ。まず相手が悪い。帝国査定官なんぞ、俺ですらまともに話したことのない高官だ。それに、式術は通用しないって聞いてるぞ。どうやって取り返す?」
アバロンは煙草の煙を吹き出した。
「ふたつ。そもそもアーカーシャに入れない。特にエイナ、お前はな。
チップの入っていないお前らはなんとかもぐりこめるかもしれないが、エイナは入った瞬間捕縛される。最悪その場で殺される」
「でしょうね。しかし、私が六帝や六賢になるのを待っている時間はありません。なにか手段はありませんか?」
アバロンは腕を組んで考え込む。
「そのチップってやつは、取り外せないの?」
キセキが聞いた。
「体内に埋め込まれているので場所を特定できないのと、もし特定できたとしても、取り外そうとした瞬間に爆発すると聞いています」
エイナが答えた。
なんという恐ろしい仕組みだ。
そんな管理を──全国民に行っているのか。
「無効化は?科学の力とかで」
キセキが再び聞いた。
「無理に決まってんだろ。アーカーシャの科学力は、バドールよりはるか上だ。
なにしろ、バドールはアーカーシャの指導の下でここまで科学を伸ばしてんだからな。まあ、土台を作ったのは俺たちだけどな」
アバロンは誇らしげに言った。
「砂漠だけの街を、五十年でここまでしたんだぜ。すげえだろう?
俺が着任したときは、ランクCだった。今やランクA都市だ。Sだって夢じゃない」
それは──すごいな。
そう思う一方で、この豪放磊落なアバロンも、しっかりアーカーシャの民だということを知る。
ランク社会。
ふと、ダゴスのことを思い出す。
パルファムをランクBにしようとしていたあの市長。
元気だろうか。
「六帝や六賢はなんで入れるんだ?」
ラウルが、ビールを飲みながら言った。
酔っている様子はない。将来大酒のみになりそうだ。
「まず十八将、十八師になると、チップの機能が書き換えられます。
アーカーシャを除く自国以外への出入りが自由になります。在住国のランクに関わらず。そして、六帝、六賢は、チップそのものの機能が停止されると聞いています。それ以外、チップが停止するのは──生体反応が途切れた時です」
エイナが答えた。
生体反応。
つまり──死んだ時だ。
「そもそも、アーカーシャは壁自体が黒の石で出来ている。破壊していくこともできないし、どうあれ検問には引っかかるぞ」
アバロンが言った。
壁の破壊。
──そう言えば。
「アバロンさん。最近──赤い髪の式者が来ませんでしたか」
俺は聞いた。
エルデネ。
ファイスの言葉では──この街にいるはずだ。
「赤?そりゃあ聞かねえな。青の式者なら聞いたが」
青?まさか──。
「その式者は──タガロという名前では?」
エイナが聞いた。
アバロンは頷く。
「そうだ。──知り合いなのか?青の十八将だったと聞いたが」
六帝と、六賢。アーカーシャの仕組みごと壊すと言っていたタガロ。
やはり──向かっていたのか。
「タガロは──どこに?」
俺が聞くと、アバロンは少し口をつぐんだ。
「お前らには言いたくなかったんだがな。
その男は──チップの入っている腕を切り落として、アーカーシャに向かったと聞いた」
——誰も言葉を発しなかった。
騒がしい酒場の音だけが、やけに遠く聞こえる。
酒の席で少し緩んでいた俺たちの空気は──凍り付いた。




