第九十一話 エイナの元上司、茶帝アバロン
遠くに見えるのは──まさに摩天楼だった。
アルカディアの建物が、かすむほどの高層。
雲を突き抜けている。
一体どうやって作っているんだろう。
それがひしめき合っている。
空に飛んでいるのは、鳥ではない。
車だ。
俺たちが乗ってきたエアカーが、建物の周りを自由自在に飛び回っている。
科学の最先端。バドール国首都、ダビデ。
俺たちが車を降りたのは──そこから遠く離れた砂漠地帯だった。
「なんであっち行かないんだよ」
俺はエイナに言った。
「言ったでしょう。まずアバロン長官に会います」
「この国の実質トップなら、ああいうところにいるんじゃないのか?」
「普通はそうでしょうね。ただ、長官は普通ではないので」
そう言いながら、エイナは砂漠地帯にあるプレハブに向かって進んでいった。
ちょうど、そこから人が出てくる。
あご髭をたくわえた──中年。
平たくいえば、おっさん。
明らかに肉体労働者のそのおっさんは、エイナを見るなりものすごい形相になった。
そして──おっさんの前の地面が盛り上がった。
地面が爆ぜる。
巨大な土塊が砲弾のように飛んできた。
思わず俺が前に出ると、ガーディアンが発動する。
土の塊は、俺の前の透明な壁で崩れた。
「長官。いきなりご挨拶ですね」
エイナが近寄りながら言った。
「何しにきやがった!責任感のかけらもないじゃじゃ馬が!」
おっさんは、がなり立てる。
「何のことです?電話でお伝えしましたし、業務の引継ぎも完了。書類手続きも済ませてますよ」
「そういう問題じゃあ……ねえんだよ!」
おっさんは再び土の塊をぶつけてくる。
再び、ガーディアンが発動する。
「何がご不満なんですか」
エイナは不思議そうに言った。
「普通、仕事辞めるっていうならよ!直接挨拶に来るのが筋ってもんだろうがい!」
おっさん──アバロン長官は、まだ怒っているようだ。
「それは、規定集にありましたか?」
エイナは端末を調べながら言った。
「……ねえよ!そういうんじゃねえ!義理人情の話だろうが!」
エイナは端末をポケットにしまった。
「やはり、規約にありませんね。その上で、今長官は式術を使って元部下の私に攻撃を仕掛けました」
「……っ!ただの脅しだろうが。本気じゃねえよ」
「だとしても、これは立派な規約違反ですね。帝国に通報すれば、下手したら職を失いますね」
「お、おい!何言ってんだよ!やめろよ!この仕事をやり遂げないと俺は死ねねえんだ」
アバロンは急にうろたえはじめる。
──完全に、エイナのペースだな。
「分かりました。では、交渉しましょう。アバロン長官は、私たちに力を貸す代わりに私はこのことを不問とする。いかがでしょう」
アバロンは、深いため息をついた。
「……エイナ、お前何も変わってねえな」
その言葉に、エイナは微笑みを返す。
「ええ。長官が一番怖いものは、今の仕事ができなくなることですからね」
アバロンは、諦めたように俺たちをプレハブに案内した。
「しかしよう、いきなり辞めるやつがあるか。こう見えて、俺はお前に期待していたんだぜ」
アバロンはソファーに座りながら言った。
「それは感じてましたよ。ひしひしと。私も国土開発の仕事は好きでした」
「エイナが設計図を書いて、デンガランが造る。完璧なコンビだと思ってたんだけどなあ。何でまた急に辞めたんだ」
アバロンが言うと、エイナは俺たちを見回した。
「この人たちと旅する方が楽しそうだったからです」
エイナの回答に、アバロンは頬杖をついた。
「あのなあ……。国土開発庁だって、誰でも入れるもんじゃねえんだぞ。
厳しい試験と面接をクリアして、やっと入庁。実務に携われるのはひと握り。
お前だって、覚えてるだろう」
「はい。でも、彼らと一緒に動けるのは、今しかありませんから」
エイナの回答には、迷いがない。
「……まあいいや。旅とやらが終わったら、戻ってこい。仕事は山積みだ」
「それはまた、その時に考えます。長官はまだ現場開発をやり続けるんですか?」
「当たり前だろ。机に座ってたって、街や国はできねえ。式力を、手足を全力で動かして、俺は未来を創ってんだよ」
「……長官も相変わらずです。で、本題ですが」
エイナは話を戻した。
「長官に力を貸してほしいことがあります」
「交換条件ってやつか。なんだ」
アバロンは、煙草に火をつけた。
煙が部屋の中に充満する。
俺は少し咳き込んだ。
「はい。私たちをアーカーシャに入れて下さい」
「……は?」
アバロンは煙草の煙と一緒に、間の抜けた声を出した。




