第九話 邂逅と、真実の入口と。
「移動手段は徒歩だけになっちゃったねえ」
エルデネが言った。
そう。昨日の熊の襲来の結果、馬は二頭だけになってしまった。
全員乗ることはできない以上、残す役割は──食糧だ。
昨晩、メイとエルデネ、そしてラウルは手際よく残った動物を解体していった。
塩漬けにして、持っていくという。
「本当は干し肉にしたいけどね。とりあえず、数日は持つでしょ」
血だらけになった手でエルデネはそう言った。
俺とキセキにできるのは──目を背けないように作業の手伝いをするだけだった。
本当は、見ているのさえ辛かった。
生き物が、目の前で絶命し解体されていく。
そんな光景は、見たことがなかった。
旅慣れているラウルはまだしも──
なんでメイは平気なんだろうか。
空から、温かい太陽が照り付ける。
景色からは、少しずつ雪が消えていた。
南下するにつれ、寒さも和らいできている気がする。
「雪原を抜けたら、見渡す限り草原だねえ。そろそろ人がいてもおかしくなさそうだ」
エルデネが言った。
朝からずっと歩き通しだ。
──正直、そろそろ休みたい。
「あ、あれ」
その時、キセキが遠くを指さした。
一同、そちらを見る。
遠く、草原の中央。
そこには──逆光の中、黒い人影が二つ、見えた。
──馬に乗っているようだ。
「人に見えるね。行ってみよう」
エルデネはそちらに向かって走り出した。
……速い。
一体、どんな体力しているんだ。
驚くべきは、それについていくメイとラウルだ。
俺とキセキはどんどん引き離されていく。
……同年代では足は速い方なんだけど。
やっとのことで追いつくころには、もうエルデネは先ほどの人影と対峙していた。
顔を上げるとそこには、一人の中年の男性と──少女がいた。
俺は、思わず喉を鳴らした。
少女は──驚くほど美しかった。
それが、アイネとその父、テムルとの出会いだった。
「やっほー。はじめまして。言葉、分かる?」
エルデネは、相変わらず慎重さのかけらもない。
案の定、二人とも警戒心を丸出しにしている。
頭まで被ったフードが、余計にそれを感じさせる。
「何者だ。アーカーシャの使いか」
中年の男が言った。
髭が生えているせいで年齢が分からないが──意外と若いのかもしれない。
声に張りがある。
「あっ、よかった。言葉通じるみたいだね。
アーカーシャって何?私たちは、向こうの大陸から来たんだよ」
エルデネがそういうと、男と少女は目を見合わせた。
「……向こうの大陸?この大陸以外──文明は滅びたはずじゃないのか」
大きな海を隔てた大陸同士の出会いは、それがはじまりだった。
「え?こっちではそう思われているの?」
「……アーカーシャの民はそう言っている」
「できれば、どっかで話聞きたいんだけど、このあたりに住んでるの?」
エルデネはぐいぐい話を進めていく。
これが斥候としての技術なのか、エルデネだからなのかはよく分からない。
「……私たちはユルガン族。少数民族だ。この草原を移動しながら生活している。定住地はない」
「えー、なにそれ!楽しそう!」
エルデネの横から、メイが目を輝かせる。
驚いた少女は──中年の男の後ろに隠れた。
「アイネ。大丈夫だ。アーカーシャではなさそうだ」
男は、少女に言った。
この娘──アイネ、という名前なのか。
黒い髪。黒い瞳。
──アルカディアでも、テオロッドでも見たことがない。
俺は、少しの間ぼうっとしてしまっていた。
「少し旅で疲れたんですが、休ませてもらえないでしょうか」
言ったのは──キセキだ。
しっかりとした口調で依頼をしている。
「……ああ。構わない。旅人は丁重にもてなすのが──ユルガン族の流儀だ。
付いてきなさい」
キセキは、俺の方を見て親指を立てた。
……やるな。こいつ。
俺は今のところ──なんの役にも立っていない。
俺は、それでもこりずに少女に見とれながら後ろを付いていった。
そこから、数十分歩いただろうか。
集落──と呼ぶには小さい、円形の建物が並ぶ場所にたどり着いた。
建物の中に案内されると、そこは意外と広かった。
男に促され、俺たちは絨毯の上に座った。
「私はテムル。ユルガン族の族長をしている。
といっても、今や百人くらいしかいないがな」
「私はエルデネ。よろしく」
エルデネは自己紹介すると手を差し出した。
握手の合図だ。
その文化がこちらで通じるかは分からないが──テムルは握り返した。
握手の文化はこちらにもあるようだ。
「まずは旅の疲れを癒すといい。アイネ」
テムルがそういうと、先ほどの少女──アイネがお茶を俺たちに配ってくれた。
俺に手渡す時、少しだけアイネの指が俺の手に触れ──ドキリとする。
アイネが煎れてくれたお茶は、温かく──ほんの少し甘い味がした。
旅疲れの体に染みわたるようだった。
「アーカーシャの使いではないということだが──本当に別の大陸から来たのか?」
テムルは、俺たちの前に座りながら言った。
「そう。私たちは、ロッド大陸って呼んでいる。そこにあるテオロッドっていう国から、皆でやってきた。この大陸は?なんて名前なの?」
「私たちはそんな規模で物事を捉えないが……アーカーシャの民はユグラシア大陸、と呼んでいる」
「ユグラシア大陸。なんかかっこいいわね」
メイが呟いた。
「そうかあ?長くねえか。俺はロッド大陸の方が好きだぜ」
ラウルが言った。
「少なくともナギラよりはかっこいいわよ」
「おい、てめえ」
……またメイとラウルの小競り合いがはじまったようだ。
「そのアーカーシャというのは、国の名前ですか?」
キセキが聞いた。
こいつ、すごいな。大人の会話にどんどん参加していく。
「……そうだ。本当に何も知らないのだな。
アーカーシャは、このユグラシア大陸の覇者。帝国だ。
大陸の国土のほとんどは、アーカーシャ帝国のものだ」
「ユルガン族は違うんですよね?」
負けじと、俺も参加した。
「このあたりの少数民族はまだ残っているが──時間の問題かもしれん」
「どういうことですか?」
「毎月のように、交渉にやってくる。アーカーシャの帝国に入れ、とな。
交渉と言う名の──半ば脅しだ」
「脅し……?」
「アーカーシャは──大国だ。ユグラシア全土を支配していると聞く。力で攻め込まれたら──私たちでは太刀打ちできない」
大陸全土を支配する国——?
かつて──オルディアが目指したという世界だ。
文明が滅んだと言われていた大陸に、人が住んでいただけなく──
大帝国が、存在していた。
俺は、唾を飲み込んだ。
この冒険──ただじゃ終わらない気がする。




