第十話 空を舞う光と、胸の高鳴りと。
その日俺たちはテムルの好意に甘えて、泊らせてもらうことになった。
エルデネとメイは、ユルガン族の自慢だと言う酒を飲んでいた。
──メイは、都合のいい時だけ大人になるな。
ロッド大陸の話をしたり、アーカーシャ帝国の話で盛り上がっている。
いつの間にか、ラウルも飲んでいる。
──未成年のはずだけど……こういうのも、慣れているんだろうか。
残念ながら──テムルはアーカーシャについてはそこまで詳しくはなかった。
もともと、遊牧民族として先祖代々草原を旅しながら生きてきた民。
アーカーシャ帝国が交渉と言う名の侵略を開始したのは、ここ数年くらいのことらしい。
アーカーシャにおいては辺境となる都市——パルファムとは長らく交易があったが、態度に変化が起きたのは、パルファムの市長が変わってからだという。
——どこの大陸でも国家間のいざこざはあるものなんだな。
俺は学校で習ったロッド大陸の歴史について思い出した。
そもそも母国アルカディアが、ネイヴァルド、アークネイヴァー、オルディア、そしてアルカディアところころ名前の変わった国だ。
リーダーが変わるたびに国の名前が変わるなんて民からみたら不便だよなぁ、と俺は考えていた。
——まぁ、そこに父さんが大きく絡んでるんだけど。
話がロッド大陸の状況になったあたりで、俺は少し飽きてきた。
キセキを誘って、外の草原を散歩することにした。
すると──外で水汲みをしているアイネに鉢合わせた。
「あっ……」
俺は思わず声が出た。
──もしかしたら、少し顔も赤くなっているかもしれない。
「アイネ、だよね。僕はキセキ。今日は色々ありがとね」
キセキが手を差し出す。
──こいつ、意外と会話力が高い。
アイネは焦ってスカートで手を拭き、その手を両手で握り返した。
「ふふ、片手でいいんだよ。アイネは、何歳?」
「え、えっと、十四歳です」
──俺と同い年だ。
「俺は、アラタ。よろしく」
これ以上、キセキに好き放題されてたまるか。
俺は割り込んで手を差し出した。
アイネは、今度は片手でそれを握り返した。
「ねえ、僕たち散歩に行くんだけど、アイネもどう?
このあたり、案内してよ」
──なんでこいつはこんなにさらっと誘えるんだ。
だが。
いい仕事をした。
アイネは小さく頷くと、水を汲んでいた桶を置いた。
「何もないところだけど……私の好きな場所でいいかな」
俺とキセキは頷いた。
アイネは嬉しそうに微笑むと、こっちへ来て、と言った。
夜の草原を三人で歩く。
月明りだけを頼りに、アイネはそれでも迷わずに進んでいく。
十分くらい歩いただろうか。
森に中に、小さな池があった。
そして、その周りに──夜光虫が飛んでいた。
「うわっ……すげえ」
俺は思わず声が漏れた。
水の周りを囲むように飛び交う夜光虫。
数百匹はいるだろうか。
尾を光らせながらあたりを照らすそれは、まるで満点の星空のようだった。
「きれいだねえー。水場に集まっているのかな」
キセキはぶつぶつ分析しながら、それを見ている。
俺がふと横を見ると、アイネと目が合った。
アイネは、その黒い髪を少し揺らした後、微笑んだ。
──ドキッとする。
「よかった。喜んでもらえて。ここ、私のお気に入りなの。
この季節しか、見られないんだ」
今度は夜光虫の光に照らされたその笑顔は──
まるでこの世のものとは思えないほどきれいだった。
俺たちはしばらくその景色に見とれた後、来た道を戻った。
あまり遅くなっても──〝大人たち〟が心配するだろう。
「二人が住んでいるところも、きれいな場所、ある?」
帰り道。
アイネが言った。
俺は思い浮かべる。
科学王国アルカディアの景色。
急速な発展でごちゃごちゃしていた街並。
式術王国テオロッドの景色。
古めかしい建物と、田園風景。──ただの田舎。
「ないかもしれない……」
俺は言った。
「こんなにきれいな自然は、ないね。アイネは──素敵なところで育ったんだね」
キセキが言った。
おい。俺と比べて──会話が上手すぎるぞ、このガキ。
ほんの少し、可愛い弟分が憎らしくなる。
「そうかあ。でも──私はこの国しか知らないから、旅してみたいなあ」
「移動しながら生活してるって言ってたけど」
俺は聞いた。
テムルは、そう言っていたはずだ。
「うん。でも、それはこの草原の中を動いているだけ。
〝同じ場所に留まることを退廃とみなす〟っていうのが、ユルガン族の教えなんだって」
「そうなのか。旅、興味あるの?」
「いつか色んな国に行ってみたいって、ずっと思っていた。
だから今日、アラタとキセキたちに会えて──すごいどきどきした。
何かが始まるかもしれない、って感じた」
アイネは嬉しそうに笑った。
ああ──なんて可愛いんだ。
俺は、胸がどきどきするのを感じた。
これって、もしかして──
俺が考えていると、キセキはとんでもないことを言った。
「じゃあ、僕たちと一緒に来ればいいじゃん」
その言葉に、アイネは驚いた顔をした。
「考えたこともなかった。──私は、ユルガンの民として、この草原で生きていくものだと思ってたから。ありがとう。でも──きっと父さんが許してくれないわ」
アイネは少し前に向かって歩いた。
「私にとっては、今日三人であの場所へ行けただけで十分幸せ。
誰かにずっと見せたかったの。旅のことは──忘れて。
ただの夢物語だから」
アイネは、そのまま少し足早に俺たちの前を歩いて行き──円形の建物の中に戻って行った。
──本音だろうか。
少なくとも旅をしたいと言ったアイネの言葉は──本心だったように感じた。
そして、俺の胸の高鳴り。
これも──きっと本物だろう。
母さん、どうやら俺は──大陸で初恋に落ちたようです。




