第十一話 ぬいぐるみと、地響きと。
ユルガン族の円形の建物──テムルはゲルと呼んでいた─は、意外と寝心地が良かった。
が。
目覚めた時、俺の顔の上にはメイの足が乗っかっていた。
きちんと一人分の間を確保したはずなのに、不思議である。
俺はそれをどかすと、ゲルの外へ出た。
水汲み場に──アイネがいた。
「あ、おはよう、アラタ」
「あ……おはよう。アイネ、早いね」
「うん。皆の分の水を汲むのは私の仕事だから」
「仕事って……まだ十四歳だろ」
俺の常識では──仕事をするのは早くても成人、十六歳からだ。
こっちの大陸では──違うのか。
「ユルガン族は、皆小さい頃から仕事があるよ。自給自足の生活だもん。そっちの大陸……ロッドだっけ、では違うの?」
「あ、うん……手伝うよ」
俺は、アイネが持つ桶を代わりに持った。
これまで──学校に行って勉強をしていただけだった自分が、なんだか恥ずかしくなった。
同い年で──俺よりはるかに細い腕をした女の子が、力仕事をしている。
俺は、学校に行くのさえ面倒くさいと思っていたのに。
アイネは、なんだか少し浮かない顔をしている。
「なんか、元気ないね。どうしたの?」
「ううん。アラタたち……いつまでいるのかなって思って」
「え?」
「せっかく会えたんだから、もっといろいろ話したいなって。
でも──旅は急ぐんでしょう?」
いや、全然急がないです。
ここで一生暮らしたっていいです。
──といいたくなるような可愛い顔でこちらを見てくる。
しかし、残念ながら旅の権限は俺にはない。
目的は──エルデネのルーツ探しだ。
その入り口で──俺たちはとんでもない世界の秘密に触れてしまった。
本音を言えば、親たちに状況を共有したい。
今すぐ引き返して、大陸の真実を伝えるほうがいいだろう。
肝心な時に、エーテルリンクの通信は一切来ない。
ミサキ叔母さんあたりが心配して連絡してきそうだが……。
こちらからは連絡手段がないから仕方ない。
「うーん、気持ちいい朝だねえー」
水汲みを手伝っていると、エルデネがゲルを出てきた。
そうだ。エルデネなら──
「なあ、エルデネ。エーテルリンクって使えないの?」
俺は聞いた。
「ん?ああ。あれは無理だね。紫と緑が一式以上ないと無理じゃないかな。私は通信を叩き切るくらいはできるけど──
こっちからは繋げないな。なに?イエナが恋しくなった?」
エルデネが勝手に邪推をし、にやにやしている。
「ち、ちげえよ!こっちの状況伝えた方がいいかと思っただけだ!」
「イエナ……?女の人?」
アイネが、こっちをちらっと見る。
「……おふくろだよ。勝手に旅に出てきたからさ」
俺が言うと、
「アラタ、普段そんな呼び方しないくせに」
エルデネが俺をつついてくる。
「おい。やめろよ。ぶっ飛ばすぞ」
俺はすっかり低くなった声を最大限下げて凄む。
エルデネにはこんな脅しはきかないことは分かっている。
これは──形を変えた懇願だ。
「おおっ怖いね。あっ、皆起きてきたみたいだね」
メイとラウルが出てくる。
「ねえ、アラタ。足が痛いんだけど知らない?」
メイが言った。
「お前、寝ながらぐるぐる回ってたぞ。壁にでもぶつけたんだろうが。
むしろ腹を蹴られた俺に謝れ」
ラウルが解説してくれる。
うん。多分そうだろう。
「おはよー」
キセキがぬいぐるみを抱えて出てきた。
目をこすっている。
……こいつ、可愛いな。
しかし、そのぬいぐるみ……どこから持ってきたんだ。
「おはよう、キセキ。よく眠れた?」
アイネが笑いかける。
「うん。アイネから借りたこの子のおかげで」
キセキはぬいぐるみを前に出した。
ほころびだらけだが愛らしい熊のぬいぐるみ。
──あんなことがあったのに熊を抱いて寝たのかよ。
いや、ちょっと待て、アイネに借りた、だと……!?
俺がそんなことを考えていると、キセキが続けて言った。
「ねえ、地響きがするけど……何かな」
確かに、地面が少し揺れるような──遠くから何かが近づく感じがする。
すると、ゲルから顔を出したテムルが言った。
「アーカーシャ兵だ……私が対応する。皆、中へ」
交渉という名の脅し。
今日も──やってきたと言うことか。
俺たちは一旦ゲルの中に入るが──入り口付近に待機した。
エルデネが、指を口の前に当てる。
静かに、という意味だろう。
テムルとアーカーシャ兵の間でどんな会話がなされるのか、
──俺も興味があった。
それは──このユグラシア大陸の情勢を現わしていた。




