第十二話 ユルガン族の敵と、交戦と。
「テムル殿。そろそろ決断してもらえませんか」
──少し高い、男の声が聞こえる。
アーカーシャ側の、責任者だろうか。
「このあたり一帯の土地は──は私の物ではない。
──遊牧民族たち、みんなの土地だ」
「バリアス草原一帯の開発は帝国からも注目されているんですよ。
みんなの土地であるなら、アーカーシャが開発しても問題ないありませんよね?」
「……開発をすれば、どうなる。森は死に、草原は消える。私たちは、草原に生きる民だ。
死ねということか」
少し、テムルの語気が荒くなる。
「物騒ですな。ちゃんと住むところを用意しますよ。それに──莫大な財産も。
一生遊んで暮らせるんですよ?断る理由が分からない。
他の族長はテムルさんの判断にゆだねるって言ってるんですから、あなたさえ許可を出してくれれば開発は進められるんですよ」
「……ガンダル殿。今日の所は帰ってくれないか。客人が来ている」
「客人?こんなところに?中にいるんですか?」
「あ、おい、やめろ!」
ガンダルと呼ばれたアーカーシャの男が、ゲルの中に顔を覗かせた。
──瞬間、中にいた俺と目が合う。
「おや……可愛いお客さんたちですな。しかし……遊牧民ではない」
途端、ガンダルは腰に掛けていた剣を抜いた。
「お前たち、どこから来た。
──式術者が、なぜこんなところにいる」
「おい、客人は関係ないだろう!」
後ろから肩を掴んだテムルを、ガンダルは肘で振り払う。
テムルは後ろに転び、頭を打つ。
「父さん!」
アイネが駆け寄る。
「式術者がいるとは、厄介だな。
──まとめてお前ら全員連行する。
そうすれば、土地問題も片付く」
ガンダルが、剣を抜いて近づいてくる。
後ろに並んだ手下二人も、剣を抜いた。
「おい、お前ら。表に出ろ──やり合うなら、外だ」
低く凄んだ女の声がゲルの中に響いた。
──メイだ。
まるでテリーズ叔母さんのような迫力のある声。
既に、背中の剣を抜いている。
その気迫に──ガンダルたちは一瞬たじろぐ。
「なんだ、剣士もいるのか。──いいだろう。
死を望むなら——相手してやろう」
剣を構えたまま、ゲルの外へ出ていく。
見た目には、メイが押し返しているようだ。
それに続いてメイが外に出ようとする時──メイが俺に言った。
「アラタ。ついてきて。──あれやってほしい」
──あれってなんだよ。
俺は、訳が分からないまま外に出た。
「なんだか物々しい感じだねえ」
エルデネは、何故か口笛を吹きながら俺の後ろを歩いている。
──緊急事態と言うのに、余裕だ。
数メートル先に、剣を構えたアーカーシャ兵が三人。
それに、メイが対峙している。
「おい、メイ。あれってなんだよ」
「昔、私が喧嘩するとき、メイちゃん頑張れーってやってくれたでしょ。
あれよ」
──昔、良くメイは俺やキセキをかばって、男たちと喧嘩をしていた。
もちろん、剣なんてないが。
「あれやってもらうと、身体の切れが増すのよね」
そんなわけないだろ。
俺は、少しため息をついて、両手をメイの背中についた。
「メイ、頑張れ」
俺がそう祈ると──両手から何か力が湧いて、それがメイの中に入っていった。
──なんだ、今の──?
「ありがと、アラタ。──これで、三人相手にできるわ」
メイは剣を構えると──兵に向かって駆けだした。
──速い。
いつもより、はるかに。
その速度に追いつけない手下の兵は、一瞬でメイに斬り伏せられる。
「なっ……!」
ガンダルは、状況を一瞬で理解したようだ。
メイに一気に斬りかかる。
それを剣で受け、あたりには金属のぶつかる音が響いた。
「さすが、やるわね」
メイは──少し楽しそうな顔をしている。
エルデネは笑顔を讃えながら腕を組んでいる。
──あまりに、非現実的な光景。
幼なじみが真剣で、命のやり取りをしている。
そして俺はそれを見守ることしかできない。
その光景を呆けて見ていると──斬られた手下の一人が、起き上がった。
そしてそのまま──テムルとアイネの元へ走っていく。
──マズい。
俺は咄嗟にその間に向かって走った。
俺の目の前に──兵の剣が迫る。
あ……死ぬ。
そう目をつぶった瞬間。
髪がさかのぼる感覚と、身体からエネルギーが放出される感覚を覚えた。
目を開くと、目の前に見えない壁が現れ、剣を弾いた。
「なっ!なんだこれは」
──こっちが聞きたい。
今のは──何だ?
「アラタ!」
キセキの叫ぶ声とほぼ同時に──兵の背中に、紫色の火球が着弾した。
「ぐわああぁっ!」
背中に唐突な痛みを受けた兵はその場に倒れ、転げまわった。
──式術を使ったな。
そして、キセキの紫炎は、火ではない。
生体エネルギーそのものに近い、とサイレス叔父さんが言っていた。
──背中をいきなり大きな鈍器で殴られたみたいなもんだろう。
兵は悶絶している。
「テムルさん!……アイネ!大丈夫!?」
俺は後ろの二人に声をかけた。
「ああ……大丈夫だ。しかし、今のは一体なんだ?」
テムルは不思議そうに言った。
「俺も分かりません。……メイは!?」
俺はガンダルと戦いを続けるメイに視線を移した。
草原に、二人の剣士が対峙している。
──激しい応酬が終わり、膠着状態のようだ。
「……やるな。俺はアーカーシャ帝国領パルファムの騎兵隊長、ガンダル=ダライアス。
女、名前は」
ガンダルは言った。
「私はメイ=ムラサメ。あんたもやるわね。だけど……次で終わりよ」
そう言うと、メイは左足を一歩前に出し、剣を顔を横に付けた。
「あんまり使いたくはないけどね。……示現流に、二の太刀は要らないわ」
これは──カイ叔父さんの必殺技だ。
テオロッド式剣術のテリーズ叔母さんと違い──独特な動きをする剣。
「アラタ、人を殺しちゃっても──私を嫌いにならないでね」
メイはそう言って、足を踏み込んだ。
「一刀両断!」
凄まじい速度で切り出されたその剣は──しかしガンダルの剣によって受け止められた。
ひときわ激しい金属音が響く。
「ぐっ……」
ガンダルのうめき声の後──ガンダルの剣が、折れた。
身体に傷は負っていないものの──勝負はついた。
直後、エルデネが両手を叩いた。
「はいはーい。おしまい。ガンダルだっけ?早くそいつら連れて帰んな。
──それと、この土地は諦めな。次にまた来たら」
言いながら、右手から巨大な火球を作り出す。
空に、地獄の業火が浮き上がる。
「この火球で燃やすよ」
ガンダルはそれを見ると、完全に観念したようだ。
転がる兵たちを起こし──その場を去っていった。
捨て台詞はなかった。
だけど──これでは終わらないだろうな。




