第八十七話 紫帝ファイス
「すごいな。どこまで続くんだ、これ」
ラウルが呟いた。
王宮の裏の入り口から、らせん状の階段を地下へ降りていく。
いつ造られたものなのか分からないが、相当の歴史を感じる。
「地下深くにあるのも、理由がありそうですね。外界との断絶?
それとも……」
エイナが一人でぶつぶつ言っている。
知的探求心モードだ。こうなると周りの話は聞こえていない。
しばらく歩くと、空気がひんやりしてくる。
荘厳な扉の前に到着した。
ガラムが手をかざすと、扉が開く。
「この扉をくぐれるのは、ファイスの条件を満たしたものだけだ。
試しに、入ってみるがいい」
ガラムが言った。
まずはエイナ。
しかし──入り口の空間で、足が止まる。
「……これ以上、入れませんね」
足が、押し戻されているようだ。
「本当かよ?」
ラウルも試す。が、同じく入れない。
「どりゃあああ!」
メイが勢いをつけて空間に飛び込むが、空間ではじかれて後ろに倒れる。
「……紫の式者しか入れない、ってことか」
俺はそう言いながら試しに足を入れてみた。
──すると。
「……あれ?入れたんだけど」
空間の中に、入れてしまった。
「……ほう。ファイスに選ばれた、ということか」
ガラムが目を見開いた。
続いて、キセキが俺の近くにやってくる。
こちらも、すんなり入れた。
デンガランは試そうともしていない。
まあ、付き合わされているだけだからな……。
「入れたのは二人か。では、行こう。案内する」
空間の先は、紫の霧に包まれている。
──体の感覚が、おかしくなる。
まるで、夢の中を歩いているようだ。
奥に、文様が描かれた床。
その周りに、椅子が並んでいる。
「そこに座って、目を閉じろ。──接続する」
俺は目を閉じた。
すると──意識が遠くなるような感覚。
気が付くと俺は──別の空間にいた。
白い空間。
何も、ない。
俺は自分の手を見る。
──ない。
実体が、消えてしまった。
「ようこそ。アラタ、そしてキセキ」
不意に名前を呼ばれ、驚く。
透き通った、男の声が響く。
「お前が──ファイスか」
俺は声を出した。
不思議だ。
体がないから、喉もない。
なのに声は響いた。
「はい。ガラムは別の場所で待機してもらっています」
「何も見えないから分かんないよ」
キセキの声が響いた。
どうやら、キセキはここにいるらしい。
「ファイス。お前はなんでも知っているんだよな」
「私はアーカーシャから指名された管理官です。全てを知っているわけではありません」
──顔も見えないから、何を考えているか分からない。
本体は、ノーザリィにいるのだろうか。
「何千年も生きているって本当なのか」
俺は、気になっていたことを聞いてみた。
「生きているという言葉の定義によりますが、三千百二六年意識を保っているのは事実です。あなたたちの知りたいことはそんなことではないでしょう?」
──どこまで、何を知っているんだ。
「……アイネは無事なのか?」
「ユルガン族の娘、アイネは現在デュランの下で黒の式者としての覚醒を準備しています。生命の危機はありません」
それを聞いて、少しほっとする。
「エルデネは?どこにいるんだ?」
「エルデネは現在、バドールにいます。アーカーシャへ入る方法を模索しています」
バドール。俺たちの次の目的地──アーカーシャの隣国。
もうそんなところにいるのか。
いずれにしても──二人とも無事でよかった。
「俺たちは──デュランからアイネを取り戻したいんだ。助けてくれないか」
俺の問いに、ファイスは答える。
「それは不可能です。私はアーカーシャの意志に従う者。デュランもまた、アーカーシャの意志に従うものです」
──完全に、敵ってことじゃないか。
じゃあなぜ……情報を教える?
「じゃあ、聞き方を変える。デュランについて教えてくれ」
「デュランは、アーカーシャ直属の査定官。黒の式者。式術を無効化する力を持っています。性格は実直。アーカーシャの意志を遂行するために存在しています」
「──そこまではなんとなく知っている。黒の式者ってなんだよ」
「黒の式者はロッド大陸にも過去存在していました。あなたの父親、ユイトは知っているはずです。アラタは教わっていないということですね」
ロッド大陸──?
なぜそれが出てくる?
父さん──?
「ロッドを知っているのか?──お前は何者なんだ」
「私は、あなたたちの大陸では〝大いなる意志〟と呼ばれていました。
紫の式者が交信する、〝叡智の倉庫〟と。キセキの母親、ミサキは複数回私に接続しています」
「……え?じゃあ、母さんは──ファイスから情報をとっていたってこと?」
キセキの声。
──整理が追い付かない。
「待て。じゃあお前はロッドを知っていて──接続、をしていたっていうのか?」
「私は、知識を〝保管している〟だけです。こちらからは交信はしていません」
──何を言っているかさっぱりだ。
それに、このままじゃデュランを倒す糸口もつかめていない。
「俺たちの式術について、知らないか」
俺の質問に、少し間が空いた。
ためらっているのか?それとも、知らないのか──。
「アラタ、キセキ、あなたたちは、非常に興味深い存在のようですね」
「どういうことだよ」
「それは私は答えられません。聞きたいことは終わりですか?交信可能時間は残りわずかです」
「あ、おい!なんでリターニアの国交を断絶させたんだよ」
俺は咄嗟にさきほどの話題を思い出した。
「それが、アーカーシャの意志だからです。
時間です。それでは、アラタ、キセキ。健闘を祈ります」
直後。
白い空間が消え──先ほどの椅子に戻っていた。
「……全然わかんねえよ」
俺は一人、呟いた。
どうしてロッド大陸の名前が──父さんが出てくる。
一体、ファイスは──アーカーシャは、何を知っているんだ?
肝心なことは——何も分からなかった。
深まるばかりの謎に、俺は茫然としていた。




