第七十九話 マルティア煮込みと、旅の行方と。
「あんたたち、次はどこに向かうの?」
ザラミがマルティア煮込みを食べながら言った。
左手にはビールジョッキを持っている。
——メイの希望で、俺たちは名物マルティア煮込みを食べに来ていた。
普通なら予約でいっぱいで入らないらしいが、そこはさすが六帝。名前を出したら一発で特別室に案内された。
「今日はマルティアに泊まりますが、明日にはイターニアに向けて出発しようと思います」
エイナがそういうと、ザラミの動きが止まった。
「……え?なんでイターニアに?」
嫌そうな顔をする。
「バドールに行く前に立ち寄るべきかと」
エイナが答える。
「まさか……ファイスに会いにいくつもり?」
「はい。そのまさかです。アーカーシャに行く前に通るべき道でしょう」
知らない名前が出てきた。
メイは美味しい!と騒ぎながらマルティア煮込みを食べている。ラウルはシェフにレシピを聞いている。
……のんきなやつらだ。
「行っても多分、会えないわよ。あんたの中に紫の高位者は、いないでしょう」
ザラミはため息をつく。
「はい。いません。しかし、紫の系譜はいます」
エイナはそう言ってキセキを指差した。
「キセキの母親は、紫の高位者と聞いてます。彼ならば、あるいは」
キセキはマルティア煮込みをゆっくりと食べながら、窓の外の人の流れを見ていた。
——何を考えているか分からないモードだ。
ザラミは頬杖をついた。
「あまりおすすめしないわよ。ファイス——紫帝は、もはや人間じゃないわ。私も学院の授業で一度話したきりだけど。わざわざあんなへんぴな場所に行くほどの価値はないわよ」
「出身地をそんなに悪く言わないでくださいよ。一度行ってみたかったですし、自然遺産も多いでしょう?」
「……多すぎて、保護の必要がないくらいにね。まぁ、行くなら覚悟してね。あそこは頑なに独立を貫くような変な国だから」
どうやらザラミの出身国に紫帝がいて、次の目的地はそこらしい。
「アーカーシャには向かわないのか?」
俺はエイナに聞いた。
「ファイス、紫帝は、この世界の叡知と言われています。
聞くところによると、数千年以上紫帝をやっているとか」
「す、すうせんねん!?……化け物か?」
俺は変な声を出した。
こちらの世界の長寿でさえ驚いているのに、それを遥かに超えている。
俺の反応に、ザラミが笑った。
「化け物ね。ある意味そうかもしれない。なにしろ、本人は精神世界に住んでるんだから。もう人間じゃないわね」
エイナが俺に向いて、続けた。
「——アーカーシャ帝国はまだ謎だらけです。
アーカーシャとデュランとの本当の関係も、デュランの狙いも見えません。情報を手に入れてからの方が戦いを優位に進められるはずです」
——戦い。
そうだ。これは、戦いなんだ。
俺たちにとっては、アイネを取り戻すための。
エイナにとっては、真実を知るための。
だとすれば——勝たなくてはいけない。
「ザラミ様は、ステラと共にヴァレンティアに師匠を連れて帰っていただけませんか?——きっと師匠も、あの街で眠りたいはずです」
エイナが言うと、ザラミが頷いた。
「私も世話になったからね。プルークさんなら、シードラの海に遺灰を撒いてくれ、とか言いそうだけど。
たまには会いに行きたいし、ヴァレンティアに墓でも作ろうか。ね、ステラ」
ザラミの振りに、ステラは笑って頷いた。
その目には青帝としての覚悟が見える。
先ほどまで泣いていた少女はもういない。
別れを経て強くなった一人の女性の姿が、窓ガラスに映っていた。




