第七十三話 タガロと、フュー。
俺たちがヴァレンティア郊外のプルークの家に着くと──
玄関の前に三人が立っていた。
エイナは車を横付けし、慎重に近づく。
ドア越しにボイドが何かを話している。
「開けてくださいよ。話をしたいだけなんですよ」
ボイドがドアを叩いている。
しかし、ドアは開かない。
「話すことはありません。帰ってください」
ステラの声が、ドアの向こうから聞こえてくる。
──よかった。
間に合ったみたいだ。
ボイドは舌打ちをしながら、振り返る。
──不意に目が合う。
緊張が走る。
だが──。
ボイドの表情は変わらない。
それが、俺のことなど覚えていないということを証明している。
──馬鹿にしやがって。
お前が何を踏みにじったのか──思い出させてやる。
「ボイド。何の用です」
「ん?なんだ、ここの小姓だったエイナじゃないか。
目上の人には様をつけろと教わらなかったか?」
「敬称は、敬意をもつべき相手に使うものです。
──あなたに使う必要はないでしょう」
エイナは、凛とした顔で言った。
「帰ってください。ここに何の用ですか」
「お前、誰のおかげで十八将になれたか忘れたのか?
俺が推薦したからだろうが」
「──師匠のおかげと認識していますが。
あなたに何かしてもらった記憶はありません」
「……ガキが。まあいい。プルークに会わせろ。
あいつは──重大な職務怠慢だ」
ボイドの語気が荒くなる。
──そして。
どうやら俺たちが予想したストーリーは当たっているようだ。
「──それで、師匠を私刑にするつもりですか?
ステラもろとも」
エイナは式術を発動する構えを見せた。
「──なんのことだ。俺はただ注意勧告に来ただけだが。
お前、その式術を発動したら上官に歯向かうことになるが、分かっているのか?」
「……あなたと違って、私はアーカーシャの意志に動かされる人形ではありません。私は私の判断で生きています。
師匠や友に手を出そうとする輩がいたら──成敗するのが当然でしょう」
エイナが言うと、ボイドは笑った。
「はっ。話が早そうだな。タガロ、フュー。こちらのお嬢さんの相手をして差し上げろ」
ボイドの指示に、タガロは少し嫌そうな顔をしたが──こちらに向かって歩き出す。
──戦闘開始の合図。
俺はエイナとキセキにブースターをかける。
そして──自分自身にも。
「二対三。火力は──ソラリスを軸に。私は陽動します」
エイナが小さく俺に言った。
俺は頷く。
エイナは駆け出すと、第一撃──炎の球を繰り出した。
だが、小さい。
エイナはヒーラーだ。
いくら全方位式術者とはいえ──専門家には敵わない。
フューが放った火球で、一瞬で相殺される。
──それでも。多彩な式術で、二人を相手に時間を稼いでいる。
「キセキ、できたか」
「うん、行けるよ」
キセキの手のひらで、紫と赤の式術が分離する。
俺は──赤い球にブースターをかける。
「ソラリス!」
キセキの声と共に、膨れ上がった火球がタガロに向かっていく。
当たれ。当たってくれ。
しかし。
タガロは一瞬で大きな水の塊を作り出し──その火球をかき消した。
玄関の前に座りながら、ボイドは拍手をしている。
「いいぞ、タガロ。青の六帝になる力を見せつけてやれ」
──安全な場所から、見物。
つくづく、許せない。
直後、俺たちのもとに火球が飛んでくる。
しまった。
この隙に——フューが放っていたのか。
俺は咄嗟にキセキの前に立った。
──ガーディアンが、発動する。
火球は透明な壁に阻まれ、霧散した。
「ほう……なんだその式術は。面白い。もっと見せてみろ。
おい、タガロ!あれをやれ。そのガキに向けてな」
ボイドが立ち上がって言った。
──あれとはなんだ。
俺は、即座にガーディアンを解除する。
一度式術を切らないと、時間がもたない。
ガーディアンの効力は一分。
再発動が、間に合うか?
もし連続攻撃なら──耐久時間の問題もある。
タガロは、両手を上にあげ、水の塊を両手に作り出した。
──とんでもない大きさだ。
直後、それが何かに押しつぶされるように小さくなっていく。
「ブルーキャノン!」
水の塊が、とてつもない勢いで俺の元へ飛んでくる。
まずい。
破壊力と波状攻撃。
その両方で来るとは──。
ガーディアンの発動は間に合ったが──持つのか。
エイナはフューと交戦している。
が、劣勢だ。
こいつら──強い。
このままじゃ──負ける。
メイとラウルがいれば──。
俺がそう思っていると、水の波状攻撃を打ち消すように、
とてつもない火球が飛んできた。
……え?
フューのものよりはるかに大きい。
まさか……新たな敵?
それは……厳しすぎる。
俺は絶望しながら、その火球をなんとかガードする。
すると、聞いたことのある声が聞こえてくる。
「アラタアァァ!!約束を!破ったなあぁぁ!」
赤い髪。高い伸長の屈強な男。
──六帝、イグラス。
なんでこんなところに。
イグラスは俺のところに近づいてくる。
「俺との約束を破って、こんなところで戦っているとはどういうことだ!」
完全に怒っている。
まずい。説明しなくては。
「違うんだ、イグラス。約束は守るつもりだったんだ。
だけど、急遽邪魔が入って、そっちに行けなくなったんだ」
適当な、苦し紛れのいいわけである。
──実際、半分騙そうとしていたので、仕方がない。
「なに?邪魔だと?誰に邪魔されたんだ」
イグラスは俺に顔を近づける。
俺は、顔を遠ざけながら、指をさす。
「あいつらだ。俺たちの仲間を殺しに来ている。
倒してからじゃないと、お前とは戦えない」
イグラスは、俺が指さした方を見る。
ボイドは目を見開いている。
「な……貴様は、〝赤帝〟……なんでこんなところに」
「お、悪徳六賢のボイドじゃないか。お前、また悪いことしているのか」
──二人は旧知の中のようだ。
そして、ボイドの怯え具合から──イグラスの方がうわてということが分かる。
「おい、タガロ、フュー!ちょうどいい。こいつも殺せ!
ここで赤帝を倒せば──アーカーシャからの評価も上がるはずだ」
ボイドの指示に、イグラスが眉を動かす。
「殺す……?誰をだ?それは、殺し合いということでいいんだな?」
怒っているというより──嬉しさをこらえているように見える。
「ふっ。なめるなよ。いくら六帝とはいえ、十八将二人は相手にできんだろう!」
その言葉を聞くと、イグラスは両手を天に掲げた。
「久しぶりにっ……!!全力で戦えるっ……!」
目から涙を流している。
──どれだけ戦闘に飢えていたんだ、この男は。
だが。
このピンチの状況では、ありがたい。
「相手はどっちからだ!まとめてでもいいぞ!
おっ……お前は見たことあるぞ!」
イグラスはフューを見て言った。
「チグル村のフューです。ご無沙汰しております。赤帝様。
ですが、すいません──指示ですので」
フューは、挨拶もそこそこに特大の火球を放った。
イグラスはそれを片手で作り出した火球で相殺する。
「おおっ!立派になったな!だがまだまだだ!次は、そこの少年か!?」
「六賢も六帝も……馬鹿しかいないのかよ」
タガロは、顔に怒りをにじませている。
「もういいよ。どうでも。俺は青帝なんてなりたくない」
それを聞くと、ボイドが立ち上がり、タガロに近寄っていく。
そして──思い切り顔を殴った。
タガロは地面に転がる。
「自分が何を言っているか分かっているのか?
お前を青帝にするために──どれだけ俺が努力したと思っている。
すべてはアーカーシャの意志のために。
全部お前のためにやってるんだぞ」
タガロは立ち上がる。
頬を押さえながら、呟く。
目には──あきらめの表情が見える。
「……俺のため?俺がそんなことを頼んだか?」
「ふむ。親子喧嘩か。──まだ親離れできない年頃か。
まあいい。準備できたらかかってこい」
イグラスが腕を組みながら言った。
だが──その言葉がタガロに火をつけたようだった。
「うるせえんだよ、どいつもこいつも!!」
激昂したタガロの両手から、とてつもない大きさの水の塊が生まれる。
それを思い切り、イグラスに向かって放つ。
「おおっ!!これはやばそうだな!申し訳ないが、全力で行くぞ!
死んでも文句を言うなよぉお!!」
イグラスは、更にそれを上回る大きさの火球を作り出し、
タガロに放った。
一瞬で水を打ち消し、炎はタガロに向かって突き進んでいく。
……これはどう見ても防げない。
タガロは、死ぬ。
俺がそう直感した直後。
火球の前に、人影が割って入る。
「……フュー!!」
タガロの叫ぶ声が聞こえる。
フューは少し笑い返すと、全力で火球を放った。
だが。
六帝──イグラスの火力には遠く及ばない。
押し戻され、直後。
フューの身体は炎に包まれる。
「フュー!!」
とっさにタガロは水を放って消化するが──
赤帝の業火は、一瞬でフューの身体を消し炭にした。
嫌なにおいが──あたりに立ち込める。
フューは、かろうじて上半身だけ残ったまま、地面に転がっている。
「うおおおぉぉぉ!!!」
タガロの咆哮が響き渡る。
両手に、フューを抱きかかえる。
──手から真っ黒な灰がこぼれおちる。
下半身は、完全に灰になっている。
「タガロ……さま……」
「フュー!しっかりしろ!今、緑の式術をかけてやる!」
タガロは必死に緑の式を発動する。
俺はエイナと目が合う。
エイナは、小さく首を振った。
──そうだろう。
あれでは……もう助からない。
「タ…ガロ。立派な……青帝になって…ね」
「フュー!やめろ!おい!俺を一人にする気か!」
フューは、最後に小さく微笑むと──目を閉じた。
人が──死んだ。
俺はイグラスを睨んだ。
ここまでする必要は──あったのか。
しかし、イグラスも放心した状態で自分の手を見ている。
──もしかすると、フューの登場は誤算だったのか?
タガロなら守り切れる、そう判断しての式術だったのかもしれない。
タガロは、沈黙のままフューの亡骸を地面に置くと、
ゆっくりと歩き出した。
イグラスに向かって、まっすぐに。
「なんで殺した」
「……フューが出てくるとは思っていなかった」
「ふざけるな!お前の炎で……フューは死んだんだぞ」
タガロはイグラスの胸倉をつかむ。
イグラスは、黙ってそれを見ている。
「よし!いいぞ!タガロ!イグラスを殺せ!
そうすれば、フューも報われる!」
後ろから──ボイドの声が響く。
俺がその声に怒りを覚えた瞬間。
ボイドは水の塊に弾き飛ばされ、家の壁にぶつかった。
一瞬。
そして、凄まじい圧力。
「うるさいんだよ」
──タガロだ。
タガロが、ボイドに向かって青の式術を放ったのだ。
ボイドは壁に頭をぶつけ、その場に倒れこんでいる。
「六帝も、六賢もくだらない。……全部潰してやるよ」
一言だけ言うと、フューの亡骸を振り返り——
タガロはその場を去った。
──今起きた出来事のあまりの衝撃に、タガロを追うものは誰もいなかった。




