第六十九話 青帝プルークと、ステラ。
「エイナさん!お久しぶりです!」
プルークの屋敷に到着すると──女性が顔を出した。
エイナの知り合いのようだ。
「ステラ。元気でしたか。師匠は?」
エイナが答える。
──話しぶり的にエイナが年上のようだが、身長は明らかにステラと呼ばれた女の子の方が高い。
っていうか、俺より高い。百七十センチくらいありそうだ。
真っ青な髪。青の式術者だろうか。
「奥で横になっています。体調が戻らなくて」
ステラは少し俯いた。
「──そうですか。師匠も高齢ですからね。今は話せますか?」
エイナは、話しながら部屋へ入っていく。
勝手知ったる、と言った感じだ。
「はい。今は起きてます。この方たちは……?」
「今、一緒に旅をしている仲間です。まとめて説明するので、ステラも一緒にきてください」
エイナはどんどん進んでいく。
俺たちはそれについていった。
屋敷の奥──大きな部屋のベッドに、老人が横になっていた。
エイナが話しかける。
「師匠。ご無沙汰しております」
エイナは、ベッドの横の椅子に座りながら声をかけた。
「……エイナか。お前の師匠になった覚えはないんだがな」
「私にこの世界の生き方を教えてくれたのはあなたです。
ですから、師匠です」
「……まあ、なんでもいい。今日はどうした。ずいぶん人が多いようだが」
ベッドに横たわりながら、小さい声で話す。
真っ青な髪に、白髪が混じり、神秘的な色になっている。
──これが、青帝、プルーク。
「彼らは──別の大陸から来た旅人です。大陸の名前は、ロッド大陸」
エイナが言った瞬間、プルークの眉がぴくり、と動く。
「──師匠、やはり知っていましたね。別の大陸に──文明があることを」
エイナが言った。
──やはり?どういうことだろう。
「……隠していたわけではない。聞かれなかっただけだ」
プルークは答える。
「帝国の教育では──ユグラシア以外の文明は滅びたとなっています。
しかし、世界の海洋管理をしていたあなたが──知らないはずありません」
海洋管理?
青帝の仕事だろうか。
なんの仕事か、さっぱり分からないけど。
「──私も知ったのは、この仕事についてからだ。まあ、もう百八十年くらい経つが」
百八十年?
この人、一体何歳なんだよ。
「百八十年間、誰にも言わずに?」
エイナが続ける。
プルークは、咳をする。
──嫌な咳だ。
相当体が弱っているようだ。
ステラが、水を持ってくる。
「分断は……アーカーシャの意志だ」
咳がおさまると、プルークは呟いた。
「文明を……分断した」
再び、プルークの咳が始まる。
話を続けて大丈夫なのだろうか。
「エイナ、今日はこれくらいにしといたほうが……」
俺はエイナを止めようとする。
──だが。
「いえ。師匠には残された時間がありません。
こうして話をできる時間も限られているはずです」
──どういうことだ?
珍しく、エイナにしては強い口調だった。
「……さすが、緑の十八将だな。体調判断はお手のものか。
その通り、私の死期は近い。どれくらい持つかも分からん」
そんな状態なのか……。
しかしエイナは顔色一つ変えない。
……なんだか冷たくないか?
「まぁ、二百十五歳なら大往生でしょう。ただ、死ぬのは世界の秘密を話してからにしてください」
「……お前は、相変わらず知識のことになると見境がないな。
──まあ、変わっていなくてよかったよ。今日は調子がいい。もう少し起きていられそうだ」
「それは何よりです。師匠が知っていることを、全部教えてください」
「……もう少し心配とかないのか、お前は。
——海洋管理官の仕事は、知ってるな」
「海域を観測し、気象予測、大規模自然災害の予防。多岐に渡りますね」
「それらは、全て表向き、だ。実際は——海流のコントロールだ」
プルークははっきりした声で言った。
「海流の……?そんなこと、できるんですか」
エイナは目を見開く。
「——例えばこの国。シードラの海流は全てアーカーシャの開発した機械でコントロールされている。
それにより、気象操作、生態系管理まで実現できている」
——とんでもない話だ。
自然さえも科学で動かしているということか。
プルークは続ける。
「だが、外洋はそうもいかん。
科学に加え——水を操る力が必要になる」
「——それが、青帝の仕事」
エイナが呟いた。
「数年に一度だけ、海流の調整を行ってきた。
誰にも言わず、誰の力も借りずにな」
「どうしてそんなことを?」
「——決まっているだろう。人々に、大陸間の移動をさせないためだ」
——そういうことか。
これまで相互に文明が滅びたと思っていたのは、教育だけでなく——物理的な問題もあったのだ。
行き来ができない。
では、なぜ俺たちはここに来れたのだろう。
「……彼らがここに来れたのは——師匠がその仕事をしなかったからですね」
エイナが言った。
「そういうことだろう。
見ての通り、もう私は動けない。
三年前、まだエイナがうちにいた頃にやったのが最後だ。
外洋の海流は、もう自然の流れに戻っているだろう。
——私の状況を察したアーカーシャは、次の青帝を決めたがっている。三日後、マルティアで評議会が開かれる。
そこで新たな青帝が指名されるようだ」
評議会。六帝を決める会議だろうか。
「次の六帝は、ステラですか?」
エイナはステラを見る。
「私としてはそう願うが。決めるのは私ではない。
——評議会まで、分からん」
プルークは、手のひらの血を見ながら言った。
——血咳。
相当状態が悪そうだ。
エイナはハッとする。
「……師匠、すいません。無理をさせたみたいですね」
「構わんよ。死ぬ前に伝えられてよかった。一人でしまい込むのも疲れた」
「……どうして話してくれたんですか?アーカーシャからは止められていたのでは」
エイナは我に返って言った。
「目の前に、こうして並ばれては嘘もつけないだろう。
どうせ死に目だ。餞別がわりにな。
私も、他の大陸人に会うのは初めてだ。
——ようこそ、ユグラシア大陸へ。
そして、シードラ国ヴァレンティアへ」
俺が出会った中で最高齢であろう老人は、
柔らかい微笑みを俺たちに向けた。
「エイナさん。そろそろ。
あちらに部屋を用意してありますので」
ステラが声をかける。
エイナも、それ以上は気を遣ったのか、大人しく従った。
——事件が起きたのは、次の日のことだった。




