第六十五話 バクスターとの戦い
「残念ですねえ、レイサス。もっと早く科学へ理解をしてしていれば……
あなたもこうはならなかったのに」
ギランの話す声が聞こえる。
俺は背中越しにそれを聞いていた。
目の前の敵──バクスターに集中しなければ。
「それも含めて、アーカーシャの〝意志〟だったはずだ。
それが、なぜ急に……。直接確かめる他ない。
──ギラン、貴様が私に勝てたことはないだろう」
「……五十年前の話を良く覚えてますね。
この五十年、科学だけでなく式術も訓練したんですよ。
例えば──」
目の前では、バクスターが次の〝フルグル〟を準備している。
その隙を見て、キセキとエイナが俺のところへやってきた。
「お願いします。アラタ。──ガーディアンは習得できたのでしょう?」
正確には──ほぼ習得できつつある、と言った状態だが──
エイナに頼りにされるのは、なんだか嬉しい。
「二人とも、俺にしっかり掴まってろよ」
ガーディアンの発動のタイミングは──直前だ。
壁が出るまでは──正直たまらなく怖い。
直後、再び人を焼き尽くす雷が走る。
が、透明な壁がそれを弾き返す。
「おいおい。なんだよ、それは。──ずるすぎないか?」
バクスターは言った。
ほんの少し──息が上がっているように見える。
「エイナ、なんだよそいつは。新しい十八将とかじゃないよな?」
「答える義理はありません」
エイナは、水の砲弾を作り出しバクスターに打ち出した。
バクスターはそれを交わす。
「つれないなあ。仲良くしようぜ。
──親族だろ?」
「──その親族を殺そうとしているのはあなたでしょう」
二人は、式術の撃ち合いをしながら話している。
俺のガーディアンが、少しずつ解け始める。
体感だが──せいぜい持続時間は一分程度。
その間に、キセキは紫炎を分離させていた。
「アラタ、こっち──紫に、ブースターをかけて」
俺は言われた通り、分離した紫の球にエネルギーを込めた。
──球が、膨れ上がる。
キセキは、それをバクスターに向かって放った。
エイナとの交戦に集中していたバクスターはそれを思い切り被弾する。
「キセキ──なんの式術だ」
俺は聞いた。
「眠りの式術。高位式者にはあまり効かないって言われたけど──少しは効くでしょ」
キセキは答える。
──直後、バクスターの足がふらつく。
眠ってはいないが──体が重そうだ。
「ふん……そんなもの……十八将に効くと思ったのか?」
バクスターは呟いた後──
咆哮した。スタジアムに、男の低い叫び声が響く。
バクスターは両手で自分を頬を叩く。
「ふう。さて、続きをやるか」
──なんだそれは。
耐性もしかり、打ち消し方も規格外だ。
直後、後ろから、ドサッという音がする。
振り向くと──レイサスが倒れている。
……まさか──ギランにやられたのか?
「叔父様!!」
エイナが駆け寄る。
意識を失っているようだ。
エイナはギランを睨みつける。
「大したことないですねえ。式術国家を謳う割には──所詮この程度。
次はあなたですか?」
「──何をしたんです」
エイナはギランに向き合う。
「紫の高位術──精神世界で私と勝負をしただけですよ。
あなたも体験させてあげましょう」
ギランの両手から──濃い紫の霧が立ち昇る。
「アラタ!バクスターを……お願いします!」
エイナがこちらを振り返り叫んだ。
十八将との戦いを──託された。
レイサスが倒れ、これで、三対二。
結構、マズい状況じゃないか……?
「俺の相手はガキどもか。まあいい。少し遊んでやるか」
バクスターは──腰に入れていた剣を抜いた。
「式術が効かないなら──こっちでやらせてもらおう」
──剣も使えるのかよ。
「アラタ、あれやろうよ、ソラリス」
キセキはそう言ったが——間に合いそうもない。
バクスターは一気に俺たちに向かって駆けよると、バクスターは剣を振り上げた。
瞬間、再びガーディアンが発動する。
一撃目は完全に防御した。
だが──バクスターは何度も剣を振る。
まずい。ガーディアンの効果は、一分程度。
それを超えたら──やられる。
くそっ。
何か策はないか──。
その瞬間。
バクスターの背後に──影が飛んできた。
「おりゃああああ!!!!」
バクスターに向かって剣が襲い掛かる。
咄嗟に振り向き剣で防ぐ。
辺りに、金属の鳴り響く音が響く。
交錯の後、一定の距離を取る。
そこに立っていたのは──。
「……メイ!!」
「王宮にいないと思ったら、こんなとこにいたのね。
そんで、こいつらは何よ」
「──説明は後だ。とにかく、敵だ」
俺はメイに伝えた。
「あいつも?」
メイは俺の後ろのギランを指さした。
俺は頷く。
「オーケー。じゃあ、ラウルはあっちをよろしく。私はこいつを倒すわ」
ラウルはエイナの元へ駆け寄る。
──いいタイミングで、戻ってくれた。
これで、戦える。
「お仲間が多いんだな。まったく、めんどくせえ。
見る限り、無式者だな。
なら──これは防げないだろう」
バクスターは、両手を広げる。
今度は、赤の式術。炎の球が宙に浮かぶ。
こいつも──全方位式術者かよ。
俺のガーディアンは、今にも消えそうになっている。
──連続発動が出来るかの実験はやっていない。
メイを庇うにも、不安が残る。
なら。
こっちのほうだ。
「ディミニッシュ!」
俺はバクスターが放った式術——発散させる。
火球はエネルギーを失い——
手のひらくらいの大きさになった。
メイは、それを剣で軽く叩き落とす。
「……なんだと?」
それを見て、バクスターは唖然とする。
──成功した。
レイサスと練習した、いわば〝逆〟ブースター。
理論的にはできるだろうという提案から、思いついた技だ。
「……アラタ、なによそれ」
なぜかメイは不満そうにしている。
「……なんなんだお前は。まずお前から消してやる」
バクスターは俺に向かって駆けだす。
──しかし、間にメイが入り込む。
「邪魔するな!」
「邪魔はあんたよ。私はアラタと話してるんだから」
剣で斬り合いながら、話をしている。
だが──正直、メイは完全に〝流して〟いる。
俺から見ても、バクスターの剣技は大したことはない。
なんなら──ラウルの方が上だろう。
一体、何をしている?
「メイ、早く決着をつけろよ!」
俺は叫ぶ。
「ちょっと待ちなさいよ。私も試したいことがあるの。
——ねえ、あんた、もう一回さっきの火球出してよ。
アラタ、次はさっきの技、使わないでね」
メイはバクスターに言った。
──試したいこと?
式術を相手に……?
「……お前ら、舐めてるのか?
無式者が。お望み通り──殺してやるよ。
おらあああ!」
先ほどより大きな火球が、メイに向かって放たれる。
エルデネほどではないが──大きい。
俺は言う通り式術を控えたが──大丈夫なのか、メイ。
メイはあろうことか──火球に向かって走りだした。
「ふははは!バカか!?自ら死にに行くのか?」
バクスターの言う通りだ。
これでは、完全に自殺行為だ。
しかし、メイはもう一段速度を上げる。
——速い。
一瞬、俺はメイの姿を見失う。
次の瞬間。
火球は──真っ二つに割れていた。
その向こうに、バクスターがいる。
何が起きたのか、理解できていない。
更にその向こうで──メイが剣をしまう姿が見えた。
「……は?」
バクスターもまた、メイの姿を捉えることができなかったようだ。
剣を構えたまま、周りを見回している。
そして、そのまま。
バクスターの、上半身と下半身が、二つに分かれた。
──その場に、崩れ落ちる。
地面に、赤い血が広がっていく。
「──手加減ができなかったわ」
メイは戻ってくる。
これまで──メイが人を殺めたことはなかった。
どんな時でも、極力傷つけないように戦ってきた。
「ねえ、あんた。死にたくないでしょ」
地面に転がる──バクスターの上半身に話かける。
「あっちの戦い止めてよ。エイナなら多分治せるから」
確かに。エイナなら、全快は無理でも、体を繋ぎなおすくらいはできそうだ。
バクスターは、口から血を吐きながら答える。
「……無理だ。あれは精神世界に入っちまってる。
勝敗がつくまで──あいつらは起きない」
精神世界?
後ろを向くと、紫の霧の中──ギラン、エイナ、ラウルが目を瞑って座っている。
一体どういうことだ。
「は?なにそれ。——そしたら私が人殺しになっちゃうじゃん。困るんだけど」
メイは急に焦りだす。
「アラタ、あんたなんかできないの!」
そんなことを言われても……俺は紫の式術は使えない。
それに。
「その前に、レイサスさんだ」
俺は、倒れているレイサスの元へ向かう。
——大丈夫、脈はある。
気絶しているだけだろう。
緊急度は、低そうだ。
キセキが俺に近づいてくる。
「ブースターを使えば、血止めとか、生命力の維持くらいはできるんじゃない?
僕、紫の幻惑で痛みを和らげてみるよ。」
キセキが言った。
なるほど。こいつ、こういう時の機転は凄いな。
俺はキセキと一緒にバクスターに式術をかけた。
バクスターは少し表情を和らげた。
出血も——止まったようだ。
しかしまだ、苦悶の表情をしている。
——そりゃ痛かっただろう。
目を背けたくなるような、血の量だ。
「……なんで俺を助ける。放っておけばいいだろう」
バクスターは消えそうな声で言った。
俺とキセキは目を合わせた。
たしかに。なんでだろう。
こいつは、今俺たちを殺そうとした、敵だ。
理由が分からずにいると、メイが少しホッとした顔をしているのが見えた。
ああ、そういうことか。
俺は、多分キセキも。
いくら敵とは言え——人を殺すことで、メイが変わってしまうのが、怖いんだ。
俺たちはバクスターの命を繋ぎながら——戦いの終わりを待った。
戦いが終わったのは、それから数十分後だった。




