第六十一話 野宿と、諦めの悪い女と。
「あああああああ!!むかつく!!」
メイは、大声を出しながら剣を振り回している。
ラウルは、木にもたれかかりながら、黙ってそれを見ていた。
──こういう時は、放置するに限る。
小さい頃から、気の荒い海の男たちの中で育ってきた。
気分がおさまらないときは、発散する時間が大切だ。
しばらくすると、メイは息を切らし動きを止めた。
そして、おもむろに言った。
「──ラウル、今日は野宿よ」
「分かった。明日また、イグラスのところに行くんだな」
ラウルが言うと、メイは驚いた顔をした。
「なんで分かるのよ」
「帰るとは言ったものの、このまま帰るわけにはいかない。どうせ明日も行くなら、宿には戻らずここで泊まってそのまま行ったほうが楽。そんなところだろ」
「……分かって来たじゃない」
「そりゃ、もう何か月も一緒にいるからな。少しは分かるさ。
──さて、俺は寝床でも探してくるか。お前は少し休んでろ」
ラウルはそう言うと立ち上がった。
メイは、少しだけ嬉しくなる。
言葉がなくとも、伝わる思い。
家族同士でも喧嘩になるのに、ここまで私を理解してくれる人間は初めてかもしれない。
少なくとも──うちのバカ親父よりは、私のことを分かってくれているような気がする。
一体、母さんはあのバカのどこが気に入ったんだか。
「メイにもいつか分かる時が来るさ。私も、誰かを愛するなんて考えたこともなかったからな」
母さんの、いつもより少し弾んだ声を思い出す。
──本当かなあ。
少なくとも私は、剣と向き合うことで精いっぱいだ。
「……こんなもんでいいかな」
ラウルは、森の中でよい場所を見つけ、
枝や葉を敷き詰め簡易的な寝床を作っていた。
メイを探しにさっきのところへ戻る途中──川を見つけた。
ちょうどいい。喉が渇いてきたから水を飲もう。
そう思ったその時──水浴びをしているメイの姿があった。
後ろ姿だが──全身裸だ。
背中の筋肉は隆々とし、メイが剣士であることを思い出させる。
引き締まった体はまるで彫刻のようで、思わずラウルはそれに見とれていた。
直後、メイが気配を感じて振り向く。
ラウルは咄嗟に木の陰に身を隠した。
……危ない。
意図していなかったが──覗いていたと勘違いされてしまう。
っていうか、いくら夜で誰もいないからって……
無防備すぎだろ。
ラウルは自分を正当化しつつ、上流に移動して水を飲んだ。
「どうしてまたお前らがいるんだ」
オラディグは、居間でお茶を飲むメイとラウルに向かって言った。
「いやー、イグラスの煎れるお茶がおいしくてまた来ちゃいました」
ラウルは陽気にそう言った。
「……ふん。修行を諦めたのならまあいい」
そう言ってオラディグは家を出ていった。
また農作業に向かったのだろうか。
「なあ、イグラス」
オラディグがいなくなってから、ラウルは言った。
「なんですか?」
「オラディグさんは、〝剣王〟って呼ばれたんだろ。
なんでそんな通り名がついたんだ?」
「もともと、父は小国の王族でした。アーカーシャの指示でウィザルに併合されましたが、それまでは剣技で魔獣を討伐する、傭兵国家だったと聞いています」
なるほど。剣技の王様、と言う意味ではなく。
剣技に長けた王様、という意味か。
「……併合されたからこの隠居生活してるのか?」
「いえ。この生活は──三年前。僕が十三歳の時からです」
「あんた、私と同い年なのね」
メイが呟いた。
「そうですか!いやあ、同世代にもこんな強い女性がいるなんて嬉しいなあ」
「……強い〝女性〟ね……」
メイが小さく呟く。眉が少し上がる。
……また無意識でメイを怒らせていることをイグラスは気づいていないようだ。ラウルは話題を切り替えた。
「なんでこの生活を始めたんだ?」
ラウルがそういうと、イグラスは少し表情を曇らせた。
──踏み込みすぎたか?
「併合後も、傭兵業は順調でした。特にこの国──ウィザルは科学と距離を取っていますから。式術が聞きづらい魔獣の討伐や、旅の護衛。深夜の警備。
社会を守る、重要な仕事だと父も誇りをもっていました」
「……じゃあなんでやめたんだ?」
「……科学の台頭です。このウィザルにおいても、科学の影響は避けられませんでした。魔獣は科学兵器で討伐され、車での旅は護衛が要らなくなりました。夜間は電気照明が整備され、警備の仕事も激減。
要するに──」
イグラスは少し俯きながら言った。
「剣術の時代は、終わったんです」
──時代の変化。
ラウルは、それが痛いほど理解できる。
科学の進歩による、蒸気船の誕生。普及。
海を、風を読む力だけは変わらないが──
ラウルが身につけてきた船の操縦技術は、通用しない。
頑なに帆船にこだわるのも、ラウルのせめてもの抵抗だった。
便利なことは分かっている。
それが社会にとって進歩だということも。
だけど──受け継がれてきた技術が、一瞬で時代遅れになるのはあまりにも寂しすぎる。
ラウルとイグラスは、沈黙した。
その沈黙を破ったのは──メイだった。
「そんなことで諦めたの?」
「え?」
「……情けないわねえ」
メイが吐き捨てる。
イグラスが、顔を上げる。
「……どういう意味です?」
「そのままよ。科学に負けて、へそ曲げてるだけじゃないの。
その気になれば──やれることはあるでしょう」
「……想像がつきません」
「うちの親父なんか、趣味で剣術道場やってるけど、生徒は毎年いっぱい入ってくるわよ。──剣術を習いたい子どもだって、たくさんいるのよ」
「道場……?しかし、そこで学んだとしても剣術はもう世界から必要とされていません」
「馬鹿ねえ。剣技は、斬るためだけじゃないでしょ。集中力。剣を振るう筋力。剣士同士にしか分からない、礼節。──生きる上で必要な力は、剣技でたくさん学べるでしょう。あなたも知ってるはずよ」
──メイが、まともなことを言っている。
ラウルは驚いた。
この交渉は、自分が担当すべきだと思っていた。
昨日、メイに任せて失敗したばかりだったからだ。
だが──メイの言葉に、イグラスは明らかに反応している。
「そうか──確かに僕は、剣技から色んなことを学んだ。
それを──子どもたちに教えればいいのか」
「分かってきたようね。子どもたちはカッコいいものが好きよ。
剣は──カッコいいでしょ?」
メイがそう言うと、タイミングを合わせたようにラウルとイグラスは頷いた。
三人は顔を見合わせて、笑った。




