第六十話 邂逅と、戦いと。
「王宮から来たんですか?それは——大変な道のりだ。
中でお茶でも飲んでください」
そう言うと、イグラスは家の中に二人を案内した。
簡素な作りの木造の家。
家具も最低限のものしか置かれていない。
——ここが、世界一の剣士の家なんだろうか。
メイは、父の実家を思い出した。
古臭く質素だが——なぜか落ち着く感じ。
このグライスに似た同世代の男は、ここでどんな暮らしを営んでいるのだろうか。
「ん。お茶、美味しいわね」
メイは、イグラスの出したお茶を飲むと呟いた。
「それは良かった。うちで栽培した茶葉で作ってるんです」
イグラスは答える。
「なぁ、あんたも剣士なのか?」
ラウルがおもむろに聞いた。
「申し訳ないけど、全然そんな風に見えない」
——失礼なことを言うやつだ。
それでもそう感じさせないのは、ラウルのさっぱりした性格のおかげだろう。
「ははっ。そうですよね。もう、剣を置いてしばらく経ちますから。父も同じです。今は農作業しているところです。——あ、帰ってきたみたいですね」
戸が開く音がする。
狭い家。すぐに強面の中年が顔を出した。
「——客か。珍しいな」
低い声。鋭い眼光。
農作業用の服装に不釣り合いな威圧感が、その場の空気を変える。
「あんたが、オラディグさんか」
ラウルが口を開く。
「——なんだ?俺宛の客か?」
「レイサス王に言われてやってきた。
——俺たちに剣の修行をしてくれないか?」
ラウルの言葉に、オラディグの返事はなかった。
無言のまま、農作業の片付けを続けている。
ラウルはメイと目を合わせる。
——聞こえているはずだ。
だが——怒っている?
「……こんな感じです。無駄足で申し訳ないですが、僕たちはもうただの農民なので。そっとしておいてもらえますか?」
いたたまれなくなったのか、イグラスがそう言った。
しかし、ここまで来た引き下がるわけにはいかない。
何のために山道を歩いてきたと思っている。
メイは、立ち上がって言った。
「オラディグさん。私と剣で勝負しましょう。
あなたが勝ったら大人しく帰るわ。
私が勝ったら、剣の修行をつけて」
——我ながらめちゃくちゃなことを言っているとメイは思ったが、言うのはタダだ。
横でラウルが呆れた顔をしている。
「……お前に負けるようなら修行してもらう意味ないだろ」
——確かに。
でも、何か言わないといけないと思った。
すごすごと帰るわけにはいかない。
その言葉を聞くと、オラディグは言った。
「イグラス、お前が招き入れたんだろう。
——お前が相手をしてやれ。
負けるようなら——そのまま家を出ていけ」
怒りは感じない。しかし威圧感のあるその声が、狭い家の中に響いた。
イグラスはため息をつく。
「……分かりましたよ。模擬刀でいいですね?」
ゆっくりと立ち上がり、家を出ていく。
メイとラウルはそれについていく。
イグラスに木造の剣を渡されると、メイは距離を取り──
構えた。
「蜻蛉の構え……」
ラウルは呟いた。
メイの必殺技。一の太刀。
それを見ると、イグラスは目を見張った。
「へえ。やりますね。こりゃ、本気で行かないとまずいなあ」
そう言いながら、構える。
メイが高く両手を挙げているのと対照的に──低い構え。
剣を横に構えている。
まだ剣技をはじめたばかりのラウルだが──それでも分かった。
この男、強い。
所作に澱みがない。
そして──美しい。
一瞬の間。
そして──静寂。
思わず、ラウルは唾を飲む。
旅が始まる前──剣を始める前なら、分からなかっただろう。
この戦いのレベルの高さを。
呼吸の読みあい。
間の取り合い。
交錯する、目線。
先の先か、後の先か。
じりっ。
地面を擦る音が鳴ったと思った直後。
──メイの後ろに、イグラスの姿があった。
首元に、模擬刀が突きつけられている。
あのメイが──交わされただけでなく、後ろを取られた──?
「……完敗ね」
メイの呟く声が聞こえ──勝負は一瞬で決した。
「ふう。やりますね。十分強いじゃないですか」
イグラスは額の汗を拭った。
「……何言ってんのよ。今あんたに負けたばかりよ」
メイは平静を装い、そう言った。
「それは、相手が悪いですよ。一応、〝剣王〟オラディグの息子ですから」
悪びれもなく、イグラスは言った。
メイは、口から出そうになる言葉をぐっと飲みこんだ。
「……約束は守るわ」
「はい。剣は教えられませんが──またいつでもお茶を飲みに来てくださいね」
イグラスは、憎らしいほどの笑顔を向けた。
メイは何も言わず歩き出す。
「え?お、おい」
ラウルはそれについて言った。
……この後、荒れそうだな。
ラウルはメイの背中が語る怒りを感じ取っていた。




