第六話 カムイ国と、冒険の始まりと。
「雪が……積もっている」
目の前に広がった景色に、思わず俺は呟いた。
カムイの港。
ナギラを出発し数日で到着したそこは、一面の雪景色だった。
「寒すぎでしょ」
かなりの厚着をしながらも、両手で体を抱えて震えているのは、メイだ。
なんか、文句ばかりだなこいつ。
「すごいね。アルカディアではここまでならないもんね」
キセキがあたりを見渡している。
アルカディアも、雪が降ることはある。
だが──こんな一面を覆いつくすほど積もったことはない。
「王に話はつけてあるから。必要物資受け取ったら行くよー」
エルデネが言った。
一体、何者なんだこの女は。
俺たちは、港の近くにある迎賓館に向かった。
王都は港から離れているようだが、国賓を迎えるように建てられたらしい。
そして、なんとウポロ=カムイ国王がわざわざ来ているとのこと。
……なんと贅沢な扱いなんだろうか。
雪景色の中、ひときわ豪勢な建物に入ると、盛大な出迎えが待っていた。
「ようこそ、エルデネさん。そして、各国の王子、王女たち。
こんな辺境の国へわざわざありがとうございます」
丁寧な挨拶で出迎えてくれたのは──ウポロ=カムイ国王、その人だった。
しかし、王子、王女って。
そんな呼ばれ方──人生でされたことがない。
「やっほー。ウポロ。元気?相変わらず寒いねえ」
「お久しぶりです。エルデネさん。しかし、大陸に行くなんて、相変わらず大胆なことを」
「っていうかカムイからの方が近いんだから行けばいいじゃん」
「……文明もない土地にですか?今、世界は急速に発展しています。
各国、発展に合わせた政策変更や法整備にてんてこまいで、それどころじゃないですよ」
そう答えたウポロは、十代に見える。
俺たちとそう年齢が変わらなそうだ。
「まあ、中へ入って温かいお茶でも飲んでください。こちらへ」
俺たちを丁寧に接客するその姿は、立派な大人そのものだ。
「アラタさん、ユイトさんはお元気ですか?
アルカディアには大変お世話になっておりますので」
お茶を飲みながら、ウポロは俺に向かって言った。
「まあ……はい。忙しそうにはしています」
アルカディアとカムイは、主に魚介類の貿易で深い付き合いがあると聞いたことがある。
きっかけは父さんと先代の王──シャイン=カムイとの交流らしいが、詳しいことは知らない。
それに、父さんがどんな仕事をしているかなんて、俺が知っているわけがない。
「タツオさんの科学のおかげで、大分カムイも発展しました。そちらも合わせて、感謝をお伝えください」
今度はキセキに向かって言った。
キセキも同じように、なんのこっちゃという顔をしている。
親が普段どんな仕事をしていて、世界にどんな影響を与えているかなんて考えたこともなかったが──こうして一国の主が謝意を示している以上、それなりの影響力があるのだろうか。
まあ、俺には関係ないのだが。
「叔父さんたち、頑張ってるのね。うちの馬鹿親父も見習ってほしいわ」
メイがため息をつく。
「カイさんやテリーズさんには、何度か剣技指導で来ていただいておりますよ。
皆様のご両親は、世界のために色々と貢献されてらっしゃいます」
ウポロが答えた。
「……また剣技ね。まあ、少しでも役に立っているならいいわ」
俺は、カイ叔父さんを不憫に思った。
昔は、メイもパパ、パパと懐いていた記憶がある。
いつの間にこんなに父親嫌いになっていたのか。
──まあ、俺も人のことを言えた義理じゃないが。
「ウポロ、補給が終わったら私たちは出るから。いろいろあんがとね」
エルデネは煙草に火をつけた。
……ここ、吸っていいのかよ。
ウポロは少し渋い顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「ゆっくりなさってくださいよ。急ぐ旅でもないんでしょう?」
「いや、さっさと行って帰ってこないと、テリーズに私が斬られるらしい」
エルデネは真顔で言った。
「……冗談ですよね?」
「いや、本気っぽかった」
エルデネが答える。
ウポロは俺たちの方を見る。
一同、頷く。
「……相変わらず怖いお方だ。分かりました。では、速やかに補給を終わらせるように指示を出します。それまで、カムイ名物の食事でも」
客間に、豪勢な海鮮類が運ばれてくる。
中々お目にかかれない、カニまである。
俺はよだれが溢れてくるのを感じる。
しかし、キセキは浮かない顔をしている。
「どうした、キセキ」
「僕、海鮮食べられない」
……良かった、ちゃんとまだキセキは子どもだった。
その晩はカムイに宿泊し、盛大な見送りの中俺たちは大陸に向けて出発した。
「わくわくするねえ。もう少しで、前人未到の大陸に到着だ」
甲板で落ち着かない様子にしているのは、エルデネだった。
元は言えば、エルデネのルーツを探しに行く、という名目だった。
彼女がどこから来て、どこへ向かうのか。
エルデネが珍しく落ち着かないのも、無理もないのかもしれない。
親たちからのエーテルリンクは、あれからはなかった。
恐らく、テリーズ叔母さんが説得してくれたのだろう。
だが、そんなに長く旅するわけにはいかない。
俺は、帰った後の母さんのことを想像しかけて──やめた。
「ねえ、この動物たちはなんで連れてきたの」
キセキが船に増えた仲間たちを見ながら言った。
馬、牛、羊。
総勢十頭くらいの動物が、船に乗っている。
カムイで連れてきた動物たちだ。
「大陸がどんな状態か分からないからね。この子たちは、まあ、食糧だね」
エルデネがあっさりと言った。
そりゃあ、まあ、そういう目的なのは分かっていたが。
数日間とはいえ世話をしていると愛着も湧く。
そんな簡単に割り切れるものでもない。
「名前とか付けてねえだろうな。情が湧くからな」
ラウルが補足する。
──数々の海を旅してきた男だ。
恐らく、同様の経験があるのだろう。
「ピーちゃん……」
メイが、羊に頬ずりしている。
……手遅れだったか。
「おい、見えたぞ。──大陸だ。
まだ見ぬ世界へ到着だ」
ラルフが、少し上ずった声で言った。
霧の向こうに──大きな地平線が見える。
「ただいまー!!」
エルデネは、甲板に立ち、大きく手を振っている。
──自分が生まれた場所を知らずに育つのは、どんな感じなんだろうか。
アルカディアで生まれ、アルカディアで育った俺には想像もつかない。
船は、浜辺に到着する。
──ここから先は何が待ち受けているか分からない。
「近くに手ごろな隠し場所がないか、探してくる。
この船が生命線だからな」
ラルフは俺たちと動物を下ろし、再び船を動かした。
たどり着いた浜辺は──雪が積もっていた。
カムイより更に気温が下がっているように感じる。
「エルデネが生まれたのは……こんな寒いところなのか」
俺は体を震わせながら言った。
「たぶん、もっと南だと思うよ。こっから、馬に乗って南に行ってみよう。
──人が住んでいるかもしれない」
辺りには、人どころか生き物の気配を感じない。
波が、浜辺の雪を溶かす音が聞こえるだけだ。
ほどなくして、ラウルが戻ってくる。
「いい感じの洞窟があったぜ。そこに錨泊しておいた。盗賊でも来ない限り大丈夫だ」
五人と動物たち。
異国からやってきた俺たちは、この大陸から見れば〝フォーリナー〟だ。
これから始まる冒険に、少し俺の胸は高鳴った。




