第五十八話 叔父と姪の、式術談義。
「僕たち、本当にユグラシアにいるんだよね」
ウィザルの街並を歩きながら、キセキが呟いた。
メイとラウルは、別行動だ。
例の剣士の親子が住む郊外に二人で向かった。
メイは否定していたが……なんやかんやあの二人はいい感じなのでは、と勝手に思っている。
どちらといえば剣士仲間といった感じだが、あの凶暴なメイと毎日修行に付き合えるやつはなかなかいないのではないだろうか。
ふと見上げると、式術学校そっくりの建物があった。
「な。建物の配置まで……ほとんどテオロッドだ」
そして、たどり着いた場所は──
サイレス叔父さんがいる、式術研究所そのものだった。
「ここは……研究所ですか?」
俺はレイサス王に聞いた。
「そうだ。私が王を継ぐ前──ここの責任者をしていた。
今でも国務が空けば、研究を続けている。
式術の世界は、底が知れない。
アーカーシャも何も教えてはくれないしな」
「アーカーシャ?帝国のことですか?」
「レイサス王は──六賢。アーカーシャへの出入りも可能です。
そこで見聞きした情報は洩らすことはできないようですが」
俺の質問にエイナが答えた。
六帝と並ぶ、英知の人材、六賢。レイサスは国王であり──その地位ということか。
「──それだけは不文律だ。アーカーシャの意に反する。とはいえ、式術に関しては何も教えてくれないがな」
レイサスは小さくため息をついた。
アーカーシャの意?
まるで——ひとつの人格のような口ぶりが気になった。
そんな俺をよそに、二人は話を進める。
「叔父さんが教えてくれたら、私も六帝や六賢を目指す必要もないんですが」
エイナがレイサスを見ながら言った。
「……何度も言うが、そんなにいいものではないぞ。
十八将になって分かったとは思うが」
「そんなことはありません。世界の広さも知ることができました。まだ知らない文化も。それに──」
エイナは俺たちを見た。
「文明が失われたはずの大陸に、まだ見ぬ式術が存在していたなんて、とんでもないロマンじゃありませんか?
──十八将にならなければ、彼らと出会うこともありませんでした」
エイナは少し声が上ずっている。
珍しく興奮しているのだろうか。
「……お前は子どもの頃から変わらんな。まあいい。
とにかく今は彼らの修行だろう。お前の仮説を言ってみろ」
レイサスが言った。
「キセキは割とシンプルです。本来、両親から継承している赤と紫がなぜか癒着して発動している状態です。
式術を組み合わせる方法自体はありますが、一体化させるなんて相当高度です。
それを分離してあげるだけでキセキの式は三種類になります」
プランBの説明の時と同じ。
あの時は上手くできたが……修行のゴールは〝いつでもできるようにする〟ってところか。
「アラタについては——まだ仮説の域を出ません。ですが、これまで発動した式を見る限り——式術の理から外れているように思います。私の見解では……いや、やめておきます」
エイナは言いかけて口をつぐんだ。
だが、それをレイサスは聞き逃さなかった。
「なんだ、言ってみなさい」
「……怒らないでくださいね。仮にも十八将の私が……言ってはいけないことかもしれません」
「構わない。ここにいるのは六賢でも十八将でもなく、ただの叔父と姪。そう思えばいい」
レイサスの言葉に、少しためらいながらもエイナは言った。
「式術そのもの、と言っていいかもしれません。
——恐らく、アラタは全ての式術を増幅することが可能です。もし私の緑の式を増幅すれば——」
「蘇生か」
レイサスが言葉を遮った。
エイナが頷く。
「——あるいは可能かもしれません。
が、試みるのははばかれます。もし成功してしまえば——」
「——式術の冒涜になるな。いや、生命そのものかもしれん。過去のあらゆる権力者をもってしても、実現し得なかったことだ」
レイサスは、そう呟いた。
なんだか、話が大事になっている気がする。
そんな大層な式術なのか……?
「もう一つ。アラタは式術を無力化する透明な壁を出すことができます。——これも、他の式術とはまったく異なります」
「式術の無効化?それは……黒の式ではないのか?」
「出会ったことはありませんが……黒の式は式力の供給源と式者の繋がりを断つと聞いてます。
アラタのはそれとは違いますね。物理攻撃も弾きますし。
自動防御という表現が近いです。まるで——何かの〝意志〟に護られているような」
それを聞くと、レイサスは遠くを見つめた。
「式術を研究して七十年近いが……まだまだ分からないことばかりだな。六賢の名が聞いて呆れるな」
ななじゅう……?
一体、この人は何歳なんだ。
見た目的には、せいぜい四十代だ。
これが超命種か。
二人の話をよそに、キセキは勝手に分離の練習を始めていた。
中々あの時のように上手くはいかないようだが……
こうして、俺たちの修行が始まった。




