第五十話 新たな仲間と、目的地と。
「というわけで、エイナが同行することになりました」
俺は、メイ、ラウルと合流するとそう伝えた。
俺とキセキの真ん中に──小さな少女が立っている。
小さいとは言っても、本人いわく十八歳だが。
「そういうわけで、よろしくお願い致します」
エイナが言った。
ラウルが、俺を呼び出す。
パーティから離され、肩を回される。
「おい、アラタ、どういうことだよ。
あの子──帝国側だろ?」
「あの子っていうな。ああ見えて十八歳らしいぞ」
「は?嘘だろ?どう見ても十歳くらいだろ。
──それより、敵を連れてってどうすんだよ」
「まだ帝国の全容が分からない以上、情報を持っているやつがいたらいいだろ。
それに、エイナは緑の式者──ヒーラーだ」
「アーカーシャ側に俺たちの動きがバレたらどうすんだよ」
「そこまで帝国が俺たち気にしているようなら、とっくにバレてると思うけどな。今のところ、敵意は感じないし」
俺はエイナをちらっと見る。
キセキと何やら話しているようだ。
キセキは式術──紫炎を出している。
エイナはそれをまじまじと見ている。
──本当に興味本位な気がする。
「分かったよ。まあ、俺も警戒はするが……用心しておけよ」
ラウルはそう言うとパーティに戻った。
俺もそれに付いていく。
ラウルの心配も、ごもっともだ。
断る理由が見つからなかったとは言え──本当にこの判断でよかったのだろうか。
仮にエイナが敵意を持って俺たちのパーティに参加しているとしたら──
俺たちはすぐに全滅だ。
先の戦いでは、緑の式術ではなく、赤や青を使いこなしていた。
いわゆる、全方位式術者。
サイレス叔父さんや、エルデネのようなタイプ。
いまだに自分たちの式も使いこなせない俺たちが、かなうわけがない。
だが、まだ謎だらけの帝国の中枢──その入り口には、近づける気がする。
エイナ曰く、彼女は十八将だ。
六帝候補として帝国から選出された、いわばエリート。
かなり情報を持っているだろう。
それに──。大きなおまけもついてきた。
「これが、私の車です」
エイナに連れられて行った場所に。
鉄の箱が置いてあった。
車輪のようなものが四つ。
中は──座席がある。
「これが動くの?」
キセキが目を輝かせている。
そりゃそうだ。
父親──タツオ叔父さんが実現しようとしていた科学が、目の前に存在している。
「動くというより、走ります。これがないと、アーカーシャ領内を開発する仕事なんてできません」
帝国の領内がどれくらい広いのかは分からないが、少なくとも馬車で移動できる距離感ではないのだろう。
俺たちは、促されるまま車に乗り込んだ。
流れ的に、俺はエイナの横の席に乗り込んだ。
助手席、というらしい。
エイナがボタンを押すと、車がわずかに震えた。
「目的地はどこですか」
エイナが俺に聞いた。
目的地。それを語るには──俺たちの旅の目的を伝えなくちゃならない。
──どこまで話すか。
全てを話してしまっていいものか少し考えていると、
目の前から冷たい空気が流れてきた。
「え、なんか涼しい風が来てるんだけど」
後部座席のメイが呟いた。
「エアコンです。夏は涼しく、冬は暖かくできます」
──なんだその科学は。自動で動く団扇みたいなものか?
俺たちは、アーカーシャの科学に驚いてばかりだった。
「Aランク都市——バドールだと完全自動化しています。この車はシードラ製の旧型です」
──これで旧型?
この先の科学は、どうなっているのだろう。
科学の発展の先が、この旅の果てで見られるのだろうか。
「それで、あなたたちの目的地は?」
エイナが再び聞いた。
「特に決まってないんだ。むしろ──教えてほしいくらいだ」
俺は、悩みながら言った。
どこまで話すか。エイナを信用していいのだろうか。
「どういうことですか」
エイナはこちらを見る。
俺が答えに困っていると、
「デュランたちがいる場所に行きたいんだよね」
キセキが言った。
──こいつは、頭がいいのか悪いのかさっぱり分からない。
正直ものなのはいいことかもしれないが──駆け引きが一切できない。
俺は諦めて話を続けた。
「帝国査定官、デュラン。知っているか?」
俺はエイナに聞いた。
「もちろん。六帝ではないですが──式術を無効にする、特殊な式を持つ高官ですね。
面識はありませんが、名前は知っています」
面識はないのか。
俺は少しうなだれた。
「……エイナとは組織が違うのか?同じアーカーシャ帝国だろ」
「彼も私もアーカーシャ帝国の官僚にかわりませんが、査定官はいわば私の上長にあたります。
私の属する国土開発庁、その上にあるのが管理監督庁。管理監督庁へ指示を出すのが、査定官です。
査定官の上は──アーカーシャ帝国です」
組織のことは良く分からないが、エイナよりはるかに上長、ということがなんとなくわかった。
「道のりは長そうだな……悠長にしてられないんだけどな」
俺は呟いた。
「なぜ──デュラン査定官のところへ行きたいのですか」
核心に触れる質問。
少ない手数で答えにたどり着く術を知っているようだ。
デンガランの言っていた「知的探求心」の高さは、こういうところで現れるのか。
「仲間が──さらわれたんだ。デュランに」
俺は、あのときの悔しさを思い出しながら、言った。
無意識に唇を噛んでいた。
「仲間?その方も別の大陸から?」
「いや。アイネは──ユグラシアで出会った仲間だ。ユルガン族という遊牧民族の女の子だ」
「その方が、デュラン査定官に連れていかれたということですか?」
「……そうだ。それを止めようとしたガリアの市長を殺して、連れ去った」
俺がそういうと、エイナは指を顎に当てて不思議そうな顔をした。
「それが、〝さらわれた〟という表現になるのですね」
──できごとは理解したが、それを表す言葉がしっくりきていないようだ。
「何かおかしいか?」
「──そうですね。このユグラシア大陸の民は、すべて帝国の〝所有物〟です。
生殺与奪は、帝国の意志に委ねられている。ユグラシアでは、それが常識です」
……デュランと同じ思考だ。
俺は、警戒心を強める。
「じゃあ、エイナも帝国に殺されても文句がないってことか?」
俺が聞くと、エイナは首を振った。
「六帝、十八将は違います。帝国の意志から独立し、自我を持った人間とみなされています。
同じように、六賢や十八師も」
「それは……なんだ」
「分かりやすく言えば、頭脳における、六帝、十八将です。帝国で最も高い知能を持つ六人と、それに準ずる十八人。
つまり、自我を持つことが許されているのは、世界で四十八人だけということです」
エリート・オブ・エリート。
この大陸の人口は知らないがこの広い国土で四十八人。
それは──とてつもない希少価値だろう。
「それ以外は──人間じゃないっていうことか?」
「そこまでは言っていません。生き方は自由です。ただ、アーカーシャの民はもれなく管理、監視されています。
出生管理。移動管理、制限。すべてマイクロチップで記録されます。
犯罪者は、軽重に関わらず死刑。いたって──シンプルです」
「じゃあ、あいつらは死刑じゃないか!人を──殺したんだぞ」
俺は思わず語気を強めた。
ロイス市長に手を下したのはサーラだが──指示を出したのはディランだ。
だとすれば、二人とも──犯罪者じゃないか。
エイナが答える。
「十八将以上は、人を殺しても罪になりません」
エイナは、それが常識であるかのように言った。
いや──アーカーシャ帝国では、常識なのだ。
そんなことが、許されているのか。
俺は言葉を失った。
「誤解しないでください。正当性があれば、という前提です。
そのガリアの市長は──何か査定官の業務を邪魔したのでは?」
業務。邪魔。
事務的な響きに、吐き気がする。
「ロイス市長は──アイネがさらわれるのを止めようとしただけだ」
「彼らにとって、優秀な人材の発掘は業務にあたります。
それを止めたとすれば──正当性が認められます」
──人をさらうことが合法。
恐ろしい世界だ。
俺は──俺たちはとんでもない相手を敵に回そうとしているのかもしれない。
黙った俺を見て、エイナが続けた。
「その子を連れ戻すために、デュラン査定官のところへ行きたいということですね」
──目的の話。
俺は、小さく頷いた。
「査定期間ですから、世界を飛び回っている可能性はありますが……
──普段はアーカーシャにいるはずです」
「アーカーシャって、ここもアーカーシャだろ?」
エイナは首を振った。
「アーカーシャ帝国首都、アーカーシャ。ランクSの都市です。
──私も入ったことはありません。入れるのは、六帝と六賢だけ。
つまり」
エイナは少し間を置いて言った。
「あなたたちがデュラン査定官にたどり着くのは不可能です」
──現実を突きつける。
俺は少し考える。なにか、手段はないのか──。
「じゃあ、エルデネはどこ言ったんだろうね」
キセキが呟いた。
「エルデネ?」
エイナが聞いた。
「──俺たちの仲間だ。俺たちを眠らせて、一人でアイネを取り戻しに向かった」
俺は答える。
「眠らせて……紫の式術者ということですか?」
「いや──赤の零式──こっちだと、赤のランクA、だ」
「赤のAで、紫が使える?それは──十八将クラスですね。いわゆる万能式術者。私と近いですね。
──そういえば」
エイナは何かを思い出したように言った。
「最近、壁を破壊して国を移動する女性式者の話を聞きました」
──エルデネだ。
壁を壊し続けて、移動していたのか。
しかし、移動手段は?
分からないことばかりだが──足跡を見つけた。
「その噂を追って行けば、エルデネにたどり着けるかもしれない」
「でも、その話を聞いたのは、帝国首都とは方角の違う国ですよ」
エイナは言った。
どういうことだ。
エルデネは──どこに向かってるんだ?
「どうしますか?首都に向かいますか?噂のあった──コラルに向かいますか?」
選択の時。
アイネのもとに行くか、エルデネと合流を目指すか。
俺が考えていると、ラウルが言った。
「アラタ。アイネは大丈夫だ。あいつら、〝候補者〟って言ってた。
なんのかは知らないが、殺されるようなことはないはずだ。
今はエルデネを探したほうがいい」
──確かにそうだ。
それに──俺たちの現存戦力で、デュランたちに勝てる見込みはないに等しい。
「〝候補者〟?まさか……」
エイナが呟いた。
「なにか思い当たるのか?」
俺は聞いた。
「帝国で、黒の式者を育てている、と聞いたことがあります。
六原色にない黒の式は──そもそも黒髪の民も希少ですが、発現も稀です」
エイナが納得したように言った。
「アラタ。取り戻すのは、相当難しいですよ。黒の式者は──いわば帝国の宝です。
序列的にも、六帝より上に位置づけられます」
「それでも──行かなくちゃいけない。エイナ、手伝ってくれないか」
俺は、無理を承知で言った。
ここまで話してしまった以上、味方になってもらうしかない。
エイナは少しだけ間をとって──あっさり言った
「いいですよ。開発の仕事は好きでしたが、こっちの方が楽しそうですから」
「え?仕事ってそんな簡単に辞められるのか」
まだ学生の俺には分からない。
「そもそも〝帝国の意志〟からは独立してますから。
その代わり──」
交換条件。
そりゃそうか。
簡単に、こんな話受けてくれるわけがない。
俺は少し気を引き締めた。
エイナは俺の髪を見ながら言った。
「あなたと──キセキの式術を、調べさせてください。
もし未知の式術を発見したら──歴史的発見です。
六賢に匹敵します」
「……お前は六帝候補じゃないのかよ?」
「──別に、首都アーカーシャに入れるのならどっちでもいいです。
六帝になることは、〝目的〟ではなく〝手段〟です。六賢でも問題はありません」
エイナの行動倫理が少しわかった気がする。
デンガランの言う通りだ。
異常な知的好奇心。
「でも……どうやって調べるんだよ」
「コラルの更に北に、ウィザルという国があります。そこでなら──何か分かるかもしれません」
「ウィザル?」
俺は確認するように呟いた。
「アーカーシャ領内屈指の──式術国家です。科学力はドラールより下ですが、式術の研究、管理においては、この国が世界の中心です」
式術国家。
その響きに、俺の──恐らく俺たちの頭に一つの国がよぎった。
テオロッド。
俺たちの物語が始まった場所であり──父さんたちが出会った場所。
エルデネは、このままでは勝ち目がないと悟っていた。
式術を無効化する、黒の式者。
あるいは——エルデネもまた、ウィザルへ向かったのだろうか。
「よし、目的地は決まったな。出発しようぜ」
後部座席から、ラウルが声を上げた。
いつもより、テンションが高い。
──はじめて乗る車に、興奮しているのだろうか。
なんやかんやラウルも十五歳の少年なんだな、と俺は少し安心した。
目的地は──北の国、コラル。
そしてその先の式術国家、ウィザル。
新たな仲間、エイナ。そして車。
俺たちは、頼もしい武器を二つ同時に手に入れた。




