第四十八話 役人デンガランと、唐突な既視感と。
「なんで、こんなところを守りたいんだろうな」
ラウルは、目の前にある広場を見ながら呟いた。
アトル市長に指示されてやってきた場所は──
何の変哲もない、ただの公園だった。
それなりの広さではあるが、特別美しいわけでもない。
ロッド大陸でもよく見たような公園だ。
「後で、アトル市長に聞いてみるか。それより──役人はどこにいるんだろうな」
俺は言った。
アトルによれば、役人はこの区域を開発中らしく、
もうすぐこの公園も破壊されてしまうだろうとのことだった。
それを止めるのが、俺たちの仕事だ。
「確か──茶の式術者と緑の式術者って言ってたよね」
キセキが言った。
そう。役人の名前は、デンガラン。
三十代の屈強な男で、茶の式術──土の式術を使うらしい。
土と言えば、ハルカゼさんを思い出す。
たまにアルカディアに遊びに来ると、酔っ払っては土手を成型しなおしたりする式術を見せてくれた。
ハルカゼさんは、相当な高位式者と聞いたことがある。
デンガランという役人も、帝国からの派遣ということなら相当の式術者なんだろうか。
俺は警戒を強める。
なにしろ──今の俺たちには、エルデネという最強の〝矛〟がいない。
あるのはメイとラウルの〝剣〟と、まだ使い方の定まらない俺とキセキの式術。
──回復役さえいない。
できれば話し合いで解決することが望ましいが……
果たして話の通じる相手なのだろうか。
「ねえ。向こうから大きい音が聞こえるわよ」
メイが指をさした方向から、地鳴りのような音が聞こえる。
聞き覚えがある。
──土地の成型だ。
俺たちは音のなる方に向かっていった。
するとそこに──日に焼けた大男と、不釣り合いな緑の髪をした女性がいた。
男は式術で地面を大きく成型している。
女は、横に立ってその様子を見守ってくる。
俺たちの気配に気が付いた女が、こちらを振り向く。
その瞬間。
女の容姿に──俺は既視感を覚えた。
「……ねえ、アラタ」
キセキは俺の袖を引っ張った。
「ああ」
俺は答える。
「イエナ叔母さんに……そっくりじゃない?」
メイが言った。
そう。緑の髪をした女の式者は──母さんにそっくりだった。
違うのは、髪型と──年齢くらいか。
母さんに言ったら怒られそうだが。
姉妹と言われても納得してしまうレベルだ。
ほんの少し動揺するが、じっとしていても進まない。
俺は、式術を使って地面を成型するデンガランに近づいた。
「すいません、デンガランさんですよね」
できるだけ、気さくに俺は話しかける。
横の女が気になって仕方ないが、そちらを見ないように続ける。
「……そうだが、なんだ」
男は手を止めてこちらを見る。
「ちょっとお願いしたいことがあって」
「今仕事中だ。終わってからにしろ」
デンガランは言った。
……それを待っていたら、公園がつぶされてしまう。
「いえ、そうはいかなくて。あの、隣の公園は、そのままにできませんかね?」
帝国の目的は分からないが、一つの場所を開発から外すことくらい──何とかならないものか。
「理由もなく開発を止めるわけにはいかん。俺の仕事は国土発展だ」
……融通のきかなそうな男だ。
これは骨が折れそうだ。
「そこを何とか、なりませんかね」
俺は食らいつく。
特に交渉材料を持っていないのが辛い。
──もう少し、アトル市長に情報をもらっておけば良かった。
「……エイナ。相手をしておいてくれ」
役人──デンガランは、横にいる緑の式者に言った。
……エイナ?
名前まで、そっくりじゃないか。
「あなたたち、作業の邪魔になるので帰ってください。迷惑です」
エイナと呼ばれた女は、真っすぐ俺を見ながら言った。
うう。
まるで母さんに怒られているような気持ちになる。
「なによ、その言い方。ちょっとくらいお願い聞いてくれてもいいじゃない」
メイが登場する。
いつもはじゃじゃ馬に困るが、今は非常にありがたい。
完全に交渉できる精神状態じゃない。
「私たちは仕事をしているだけです。文句があるなら、帝国に言ってください」
エイナと呼ばれた女は言った。
改めて見ると──若い。というか、幼い。
下手したら──キセキより年下じゃないか?
「へえ、街をぶっ壊すのがあんたたちの仕事なの?」
メイは、エイナを見下ろして言った。
慎重さが、二十センチ以上ある。
しかし、エイナはひるむことはなかった。
「これ以上邪魔するなら、排除します」
そういうと、エイナは式術を発動させた。
──髪が、少し青みがかる。
青の──式術。
エイナの手から、水の塊が発射され、メイの身体に直撃する。
両手を交差させガードするが──メイは大きく後ろに飛ばされる。
メイはすぐに起き上がり、剣を抜く。
「この──いきなりなにすんのよ!」
いや、いきなり剣を抜くお前も相当だぞ。
俺は、間に入る。
「メイ、待て!えーと、エイナさん。俺たちは戦闘はあまりしたくないんです。話し合いをしませんか?」
俺は母さんと同じ顔をした女──女の子に話した。
「無駄です。私たちは今日中にあの公園まで更地にしないといけないんです。明日から基礎工事が始まるので」
……とりつくしまもない。
そして、彼女の言っていることは、間違っていない。
ただ、仕事をしているだけだ。
それも、真摯に。
そうこうしている内に、デンガランが戻ってくる。
「エイナ。終わったぞ。次に行くぞ」
低い声で言った。
「お前ら、まだいたのか。早く消えろ。仕事の邪魔だ」
俺たちを一瞥すると、次の仕事──公園に向かっていく。
まずい。
全然止められる気がしない。
俺はラウルを見るが、腕を組んだままだ。
──同様に、策が思いついていないようだ。
そりゃそうだ。
現状、正当性しかない。
打つ手なしだ。
しかし、何とかして彼らを止めないと──アトル市長からの信頼を得られない。
悩んでいると、キセキが前に出て叫んだ。
「ねえねえ、これ見てよ!」
両手から、紫の炎で練り上げられたハンマーを出している。
──紫炎・ハンマー。
一体、何をするつもりだよ。
「……なんだその式術は。それで、止めようということか?」
デンガランの顔つきが変わった。
「邪魔をするなら、排除する」
こちらに引き返してくる。
「え?いや、違くって、これは……」
キセキが何かを伝えようとするが──デンガランは右手から地面に式術を放った。
地面が盛り上がり、土石流のようになってキセキに襲い掛かる。
まずい!
俺は、とっさにキセキに向かって走り出した。
頼む──出てくれ。
「ガーディアン!!」
俺が叫ぶと、透明な壁が俺とキセキを包み、土石流をはじいた。
──良かった。出てくれた。
しかし。
「お前も式術者か。一体、誰の差し金だ」
デンガランは完全に戦闘モードだ。
式術を防がれたと感じたのか──デンガランは腰に差していた短剣を抜いた。
まさか──剣技もできるのか?
アトル市長がメイを頼ったのは──そういうことか。
「消えろ。職務妨害だ。これ以上邪魔をするなら斬る。
——できれば無益な殺生はしたくない」
ちゃんと告知をしてくれている。まともな人っぽいが──
うちのじゃじゃ馬が黙っていなかった。
信じられない速度で走ってくると、俺に背中を向けた。
──もう、やるしかないか。
俺はため息をつきながら、ブースターをかける。
「怪我するなよ」
俺が言うと、メイは返事もないままデンガランに駆け出した。
剣と剣がぶつかり合う音。
それが真剣であることを表す、高い金属音。
油断すれば、両方とも命が危ない。
「ラウル!手助け無用よ!」
メイは剣を繰り出しながら叫んだ。
──剣士の矜持なのか?
すると、もう一人。
ため息をつきながら、青の式術を練り上げているエイナが見えた。
「効率の悪い仕事はしたくないんですが」
俺たちに向かって先ほどのような水の塊を放つ。
「ガーディアン!」
俺は再び叫んだ。
なんとか、透明の壁が水を防いだ。
こうして。
望まない戦いが始まってしまった。




