第四十七話 帝国の影と、市長の依頼と。
アトル市長は、穏やかな印象だった。
あまり──俺の知っている大人ではいない感じだ。
俺たちは、闘技場の別室に案内された。
「すいません、お呼び立てして」
明らかに子どもの俺たちにも、低姿勢だ。
「いえ。相談事って、なんでしょうか」
俺は言った。
「はい。その前に確認したいんですが、皆さんは──どちらからいらっしゃったんですか?」
俺は、どきりとする。
──まるで、俺たちがこのドラールの国民ではないと言い当てられているようだ。
ブルドア国では明らかに浮いていたこの髪色も、式術者の多いドラールではさほど違和感がないと思っていたが……。
俺はつじつまが合いそうな嘘を考える。
「お察しの通り、エデナの民ではありません。今、国内を旅しているんです。
実は──お忍びで」
俺は、ラウルをちらっと見る。
上手く口を合わせてくれるはずだ。
ラウルは、察したように口を開いた。
「大きい声じゃいえないが、俺たちはドラールの王族なんだ。
今、国内を旅行して見聞を深めているところだ。
街で問題が起きているなら、王族として協力するぜ。
今話しているアラタは、次期国王候補だ。」
……この街に来るときについた大嘘だ。
しかしよくもまあ堂々と嘘をつけるもんだ。
俺はドラールの王子様になってしまった。
ラウルがそういうと、アトルは安心した顔をする。
「なるほど。道理で落ち着いていらっしゃる。その髪の色も……そういうことだったんですね」
やっぱり、橙色はドラールでも珍しいのか。
俺は少し寂しくなる。
もしかしたらこのユグラシアでなら、俺と同じ式術者に出会えるかもしれないと少し期待していた。
すぐに気を取り直し、話を続ける。
「まあ、そういうことです。……それで、相談とは?」
「……あまり大きい声では言えないんですが。ここだけの話にしてもらえますか」
アトルは、深刻そうな顔をしながら言った。
「実は、帝国がらみなんです」
帝国。それはつまり──アーカーシャ帝国。
であれば、俺たちの目的と一致する。
「なにか、問題が起きているんですか?」
俺は聞いた。
「……最近、発展が遅れている街に帝国から役人が派遣されているのはご存じですか?」
「聞いたことはありますが、それが何か問題でも?」
「彼らは、高度な式術を駆使して、街の発展を促進しています。
……このエデナもご多分にもれず、開発が始まりました」
帝国は、そんな支援もやっているのか。
意外だ。
俺が知っている帝国は、国や街にランクをつけ、民を私物化し、勝手にさらっていく、そんな高慢な組織だ。
「いいことではないんですか?」
俺が聞くと、アトルはもう一度ためらいながら言った。
「それ自体は悪いことではないんです。ですが、やり方が少し……」
はっきりしない。
帝国に対して不満を言うことは、それほどまでに言いづらいものなのだろうか。
「かなり強引とか?」
キセキが俺に代わって聞いた。
アトルは小さく頷く。
「……こちらの意図は組んでくれません。そのままにしておいて欲しい場所も、彼らは作り直そうとしている」
なるほど。
発展の名目に、こちらの意図をおかまいなし開発を進めているということか。
「それで……俺たちは何をすればいいんですか」
「皆さまというか、こちらのメイさんにお願いするつもりでした。
この大会で優勝するような剣士の方であれば──彼らにも臆することないのかと考えまして」
「ぶった斬っていいの?」
メイが物騒なことを言った。
エルデネじゃないんだから、やめてくれ。
……まぁ、メイが本当にそんなことするやつではないと分かっているが。
「そんなことをしたら、街ごと潰されます。
……今開発している地区だけ、そのままにしておいてほしいだけです」
「開発そのものじゃなく、その地区だけ守りたいってことか?」
ラウルが言った。
「平たく言えば……そういうことです。そして、出来れば穏便に解決したい。
帝国からにらまれたら──この辺境の街はひとたまりもない」
帝国への恐怖心は、ドラールでも同じように根付いているようだ。
──恐怖政治。
嫌な言葉がよぎる。
かつて、アルカディアは、オルディアという名前の独裁国家だった。
その期間は、一年にも満たない。
アークネイヴァーのクーデターから、アルカディア建国までのわずかな時。
それでも、その恐怖政治が残した爪痕は大きかったと父さんは言っていた。
どれくらい帝国が続いているのかは分からない。
少なくとも、その領土──規模は桁違いだ。
これだけ発展したエデナでさえ、辺境と自覚させる。
帝国の底は——計り知れない。
俺は、小さく咳払いをした。
「つまり、市長からの依頼だと悟られずに、その役人を止めてくればいいんですね?」
アトルの希望は、察した。
エデナの街としての依頼だと分かれば、帝国に目をつけられる。
俺たちはあくまで個人的な感情や価値観で役人と話をつけてくればいい。
「……ご理解が早くて助かります。王族の皆様にお願いするようなことではないんですし……大したお礼もできそうにありませんが」
アトルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「国を守るのは、王族の使命だからな。その役人たちについて教えてくれ」
ラウルは引き続き堂々と言った。
……口八丁と鍵開けだけで十分生きているんじゃないか?
俺は、改めてラウルの能力に感服した。




