第四十一話 大穴と、通過作戦と。
「で、どうやってあそこ抜けるんだよ」
ラウルが言った。
俺たちは、茂みの中から壁の穴を見ていた。
──エルデネは随分派手にやったみたいた。
縦横は三メートルくらいある穴が、ぽっかりと壁に空いている。
憲兵たちが、修復作業の準備に取り掛かっている。
ゼルグ王の言う通り、今日中に塞がれてしまうかもしれない。
──急がなければ。
「どうやって、って言ってもなあ。あれだけ人がいるとな」
俺は答えた。
憲兵は、十人くらいいる。
同じくらいの人数が向こう側──ドラール側にもいると見ていいだろう。
正面突破は難しそうだ。
「死なない程度に全員切り伏せればいいんじゃない?」
メイが言った。
「……両国からお尋ね者になる気かよ」
俺は呆れながら言った。
これからデュランたちを探さなきゃいけないのに、余計なもめ事を増やしてどうする。
これだから、戦闘民族は困る。
というか、だんだんカイ叔父さんに似てきていないか?
「お前らの式術でなんとかなんないのか?」
ラウルが言った。
「無理だよ。僕たちは紫の式術も使えないし」
俺に代わって、キセキが答えてくれた。
「打つ手なしか」
ラウルは茂みに座り込んだ。
「ラウルこそ、何か思いつかないのかよ。こういう修羅場、慣れてそうだし」
俺は言った。
一つ年上のこの男は、俺よりはるかに様々な経験を積んでいる。
それは間違いない。
「うーん。向こうの国に行きたいって言っても、止められるよなあ」
「そりゃそうだろ。基本、ランク上の国には入れないって話だし」
俺は言った。
すると、ラウルはパチンと指を鳴らした。
「それだ」
「──何か思いついたのか?」
「──逆転の発想だよ。ただし」
「ただし?」
「お前らの演技力次第だ」
ラウルはそう言った後俺たちに作戦を告げた。
「いやー、危ない危ない。塞がれちゃうところだったよ」
ラウルは普通の動きで独り言をいいながら穴に近づいていく。
──当然、憲兵が近寄ってくる。
「おい、何してる。市民は立ち入り禁止だ」
まあ、止められるわな。
「市民?いや、違いますよ。俺たちは──」
ラウルが何食わぬ顔で言う。
「ドラールの王族です」
「は?」
「すいませんね。こいつら、親戚で集まってたんですけど。
穴が開いたって聞いて、抜けてきちゃったんで連れ戻しに来たんです」
ラウルは俺たちの方を見る。
「だって、見てみたかったんだもん」
キセキが、ラウルに合わせる。
最年少、わがまま坊やの役割だ。
「いや、でもそんな話は聞いていないぞ」
憲兵は食い下がる。
そりゃそうだ。
──嘘だからな。
「お兄さん、何時からいますか?こいつら、穴が開いてすぐ来ちゃったんです。
探すのに時間かかりましたけど。すぐ戻らないと、怒られちゃうんですよ」
「怒られる?誰に?」
「ドラール王に。今、向こうで王族の集まりやってて。こいつら、抜け出して遊びに来ちゃったんです」
ラウルはまた平然と答える。
はい。こちらもすべて嘘。
まあ、王族の集まりを抜け出した辺りには一部事実が含まれているが──。
「……ま、待て、確認してくる」
「いやー、勘弁してくださいよ。向こうで、ガリアの憲兵に止められたせいで遅れたって言っていいですか?」
ラウルは畳みかける。
「お兄さんたちは見なかったことにしてもらえばいいですから」
判断が付かない材料を与えつつ、黙認せざるを得ない状況を作る。
あまりにも演技が自然すぎて、俺たちもただ帰るだけ、と思えてくる。
「……まあ、それが嘘なら、向こうで止められるだけか。分かった。行け」
すげえ。本当に行けた。
俺たちは憲兵たちの間を抜け、穴を通った。
穴は十メートルくらい続いている。
分厚い壁だ。
──しかし、どうやってこんな穴開けたんだ、エルデネは。
「なんで私があんたより年下設定なのよ」
メイが小声で不満そうに言った。
「お前が一番ぼろが出そうだろ。キセキ、上手かったな」
ラウルが言った。
キセキは少し嬉しそうだ。
穴の向こうに、光が見える。
同時に、ドラール側の憲兵が集まっているのが見える。
数は同じくらいだ。
「おい!お前ら、勝手に入るな!入国は禁止だ!」
そりゃそうだ。
そして、こっちの方がハードルが高いことも分かっている。
「すいません、こいつら調子に乗って向こう側行っちゃったんで、連れ戻してきたんです」
ラウルは同じトーンで話しだす。
果たしてうまく行くのか。
「……お前ら、ドラールの民だというのか。証拠を見せてみろ」
憲兵は怪訝そうな顔をしている。
そりゃそうだ。普通に考えれば、この機に乗じた不法入国者と見るのが正しい。
「え、弱ったなあ。ドラールっていうか、アーカーシャの民なんだけど……これじゃあ証拠になりませんか?」
ラウルは俺とキセキのフードを取った。
髪の色を見せる。
「こいつら、高位式者なんですよ。こんなやつら、ガリア──ブルドアにはいないでしょ」
俺たちの髪の色を見ると、憲兵は珍しそうにのぞき込む。
「──確かに。見たこともない色だ。しかし染めているだけかもしれん」
「じゃあ、式術見せればいいですか?早くデュラン様の所へ合流しないといけないんですよ」
「デュ、デュラン様?帝国査定官の?……そこまで言うなら、式術を見せてみろ」
──名前を出しただけで、憲兵が震えあがる。
その知名度は、抜群なようだ。
それがどんな意味なのか、俺たちには分からないが。
「はい、どうぞ」
憲兵の問いかけに対し、キセキは式術を見せた。
紫炎・刀。
紫の炎で出来た刀が、キセキの手に出来上がる。
一瞬、憲兵たちの間にどよめきが走る。
「はい。こんな感じ。もし危害を加える気があったら、この刀で制圧しているよ。というわけで、通してくれる?」
キセキが刀を消した。
「……確かに、戦う意思はなさそうだな。分かった。まあ、もし偽物ならチップで判定されるだろう」
憲兵は、諦めて俺たちを通した。
──うまく行ったようだ。
ハッタリと、立ち回りだけでこうも簡単に通れるものなのか。
改めてラウルの胆力に驚かされる。
俺たちは、憲兵のあいだを抜け、悠然と歩いて行った。
後ろから視線を感じるが、振り返れば怪しまれる。
──恐らく、チップによる生体認証の状況と言うのを確認しているんだろう。
だが、残念。
俺たちにはチップなんて入っていないから、反応しようがないのだ。
──こうして。
俺たちはブルドアを抜け、新たな国──ドラールへ入国した。
見事なまでに俺は何もしていないが、そんなことどうだっていい。
エルデネがいない今、ラウルに嫉妬してる場合じゃない。
みんなの力を借りなければ。
国ランク、B。
俺たちの知らない──未知の科学が待ち受ける街。
俺の胸にあるのは期待でも不安でもなく。
アイネを取り戻すという覚悟だけだった。




