第四話 恐怖の通信と、キセキの成長と。
「ねえ、もっと速度上げなさいよ。追い付かれちゃうじゃない」
メイはラウルを急かす。
海に出てから、数十分。
夜の海は、一面同じ景色だ。
「お前な。夜の海は難しいんだぞ。シーサーペントが出る海域も避けなきゃいけないし」
ラウルはぼやいた。
船の操縦経験のない俺でも分かる。
こんな暗闇を目的地に向かって船を動かすなんて、相当難しいに違いない。
「まあまあ。海に出ちゃえば、こっちのもんでしょ。
さすがにミサキたちも追ってこないって」
甲板で、エルデネは煙草の煙を吐いた。
のんきな発言である。
子どもの気持ちも知らずに。
海へ出て数十分経った頃──頭の中に再び声が響いた。
『ごらああああ!!お前ら!!何勝手に出港してるべ!!』
今度は母さんではない。──ミサキ叔母さんだ。
周りの反応を見ると──全員同時接続のようだ。
『エルデネエエエ!!どこまでいくつもりだべえええ!!』
音だけの通信なのに……顔が見えるようだ。
俺の横でキセキがカタカタ震えている。
『ああー。ミサキぃ。大丈夫、ちょっと大陸行ってくるだけだから。皆で冒険したら帰るから、のんびりしててよー』
エルデネが煙草を吸いながら応答する。
とはいっても頭の中なので口は動いていない。
『大陸ぅ!?そんな誰も行ったことない危険な場所に、人様の子どもを連れて行くっていうのか!?お前、やはりオルディアの手先……』
ぶつっと、通信が切れた。
──何が起きたんだ?
「うるさいから切った」
エルデネがそう言って笑う。
そんなことできるのか?
ミサキ叔母さんのエーテルリンク──干渉術は、世界最強と聞いたことがある。
勝手に通信を切るなんて……エルデネも何か力を持っているのだろうか。
『エルデネエエエ!!勝手に切るなあ!!この誘拐犯!』
すぐさま新たな通信が始まる。
そりゃそうだ。
『大丈夫だって。私もいるし。ほんの数日、子どもたちと旅するだけだから。
皆も若い頃、冒険したんでしょ?』
『まあ、そうだべが……キセキはまだ十二歳だべ!子どもだべ!何かあったら精神干渉でお前の精神を……』
『母さん、うるさい!僕は子どもじゃない!』
ミサキ叔母さんの声を遮るように、キセキの〝叫び〟が頭に響いた。
先ほどまでの震えが、おさまっている。
『父さんも言ってた。若い頃、皆で冒険したのが人生の宝物だって。母さんだって、そうでしょ?
なんで僕たちが冒険しちゃいけないの?』
先ほどまでの叫びから一転、冷静な口調。
緩急つけた話法。
こいつ、いつの間にそんな技術を。
『キセキ……いや、まあ、確かに……ちょっとくらいなら』
ミサキ叔母さんが折れそうになっている。チャンス。
──と思いきや。
『ミサキ、負けちゃ駄目よ。アラタ、今すぐ帰ってきなさい』
母さんだ。
冷静な口調。
──やばい。これは本当に怒っているやつだ。
俺は一瞬、心が揺らぐ。
ここで帰れば──大した沙汰はないかもしれない。
だけど……この冒険のチャンスは、今しかない。
『……嫌だ』
俺は、振り絞るように〝言った〟。頭の中で。
『家に戻ったら、これまで以上にミライやユフィアの面倒を見る。
だから──この冒険だけ行かせて』
──反応がない。
母さんは考えているのだろうか。
『あー、これで通じているのか?』
代わって、低い女性の声。
──テリーズ叔母さんだ。
『メイ、首謀者はお前だな。昔から冒険に憧れていたからな』
メイは、反応できずに固まっている。
『姉さんぶるのは一向に構わないが──連れて行った責任を取れよ。
アラタとキセキを守れ。そして無事に帰れ。以上』
『ちょ、ちょっとテリーズ!』
母さんの慌てる声が聞こえる。
『アレクシオが霊峰ライゼルに登ったのが十一歳だ。キセキは十二歳、アラタは十四歳だろう?冒険くらいさせてやればいい』
『だってあの時は……』
『私から見れば、イエナもミサキも冒険で見違えるように大人になった。あの子たちもそういう時が来ただけだろう。安心しろ。何かあったら、私がエルデネを斬る』
通信は、そこで終わった。
エルデネは笑っている。
「やばあ。斬られちゃうみたいだね。これは責任もって君たちを守らないと」
「……許可が出たってことなのか?しかしテリーズ叔母さん、恰好いいな」
俺は思わず呟いた。
それを聞いて、ラウルが鼻を鳴らした。
「随分過保護に育てられたみたいだな。三歳から海へ出ている俺に任せておけ」
「なによ!あんたより私の方が年上なんだからね!」
「年齢と精神年齢は別だぜ」
メイとラウルが再び口喧嘩を始める。
「よかったね、アラタ」
キセキが俺の方を見る。
その様子はいつもと変わらない。
だが。
あのミサキ叔母さんに自分の主張を通すなんて。
いつの間にか大人になっているキセキを見て、俺は少し焦った。




