第三話 ナギラ岬と、フォーリナー号と。
昼過ぎに出たはずなのに、もうすっかり辺りは暗くなっていた。
目の前には、港が広がっている。
——ここが、港町、ナギラ。
向こうに見えるのが、ナギラ岬らしい。
港町出身のメイは海の街の独特な雰囲気に慣れているようだが──俺とキセキにとっては見慣れない光景だ。
「みんな、おつかれー。今日はここに泊まって、明日出発するよん。
まずは挨拶にいこう」
挨拶?一体誰に?
俺たちはエルデネについていった。
港にある大きな建物に入っていく。
その中は──作りかけの船が並んでいた。
造船所だ。
エルデネは、奥にある部屋に向かっていく。
──来たことがあるのだろうか。
迷いがない。
「やっほー。久しぶり。生きてた、マレク爺さん」
エルデネは、部屋の椅子に腰かけた老人に気さくに声をかける。
「誰が爺さんだ。ワシはもう船は乗らねえが、大工としては現役だぞ」
──日に焼けた肌、長く伸びた白い髭。
海の男が、そこにいた。
「あれ?じゃあ誰が連れてってくれるのさ」
エルデネは不思議そうな顔をする。
「うちの孫を貸してやる。そこの子どもたちと同世代くらいだろう。ラウル、来い」
奥から、少年が顔を出す。
マレクと呼ばれた老人と同じく──日に焼けている。
「十五歳。まだ子どもだが、船の腕は確かだ。三歳から仕込んでいるからな」
少年は、仏頂面のままこちらを見ている。
「じいちゃん、こいつらが大陸に行きたいってやつ?本当に大丈夫かよ。」
「さあな。この子たちの親とは、一緒に旅したがな。
皆、ワシにとって息子や娘みたいなもんだ」
この人が〝白髭のマレク〟か。
むかし、母さんから聞いたことがある。
世界を旅した時、凄腕の船乗りに助けてもらったと。
想像していたより──小さく見えるのは、年のせいだろうか。
「ラウルは、世界初の大陸到達者になりたいんじゃと。あんな何もないところに行ってどうするんじゃ」
マレクがため息をついた。
「何もないって思っているのは、じいちゃんだけだろ。
──絶対、海の外にも文明はある」
「だったら、とっくに向こうから人が来ているだろう。人は住んでいるかもしれないが──文明なんぞあるわけない」
「だから俺が見てきてやるって!じいちゃんは帰ってくるまで死なずに待っとけよ」
「……ったく口の悪いガキじゃな。誰に似たのか」
二人のやり取りは、まるで仲のよい親子のようだった。
その景色を──少しだけ羨ましく感じた。
父さんと最後に話したのは、いつだっただろう。
あまり思い出せない。
「はーい。二人ともそこまでにして。で、私たちが乗る船はどれ?」
エルデネが手を叩いた。
それを聞くと、マレクは腰を上げて「ついてこい」と言った。
たくさん並んだ船の中に──少し古びた帆船があった。
「フォーリナー号。──お前らの親が乗った船じゃ。
設計したのは──タツオじゃ」
「ええーっ。もっと新しい船がいいんだけど」
メイが言った。
「ばかたれ。お前はロマンが分からんのか」
マレクがメイを睨んだ。
「今時、セブンスロッドでも蒸気船よ。なんで帆船なんか」
「風を読み、海に乗るのが俺たちの仕事だ。帆船が嫌なら、帰れ」
ラウルと呼ばれた少年が言った。
その口調には、少し怒りがこもっているように感じた。
「何よその言い方……分かったわよ。あんたの腕、見せてみなさいよ」
メイはラウルを睨み返す。
すると、キセキが突然言った。
「やばい、アラタ」
「なんだ、どうした?」
「母さんとイエナ叔母さんが──今からナギラ岬に行くって」
「げ」
俺は鬼の形相でこちらに向かう二人を想像した。
「情けない。まだ親に心配されているのね」
メイが勝ち誇ったように言う。
「馬車を操縦しているのは──テリーズ叔母さんだって」
キセキが言った。
メイの顔が一気に青ざめる。
「ラウル。予定変更。──今すぐ出発よ」
俺たちの会話を聞いて、エルデネは笑っていた。




