第二話 揺れる馬車と、揺れる心と。
「お前、親には言ったのかよ」
俺は、メイに聞いた。
馬車に乗るのは、久しぶりだ。
操舵席のエルデネは、鼻歌交じりに馬を動かしている。
「言うわけないじゃない。私は成人よ。どこに行こうと自由なのよ」
……やはり無断か。
うちも割と放任主義な家庭だとは思うが──さすがにマズい気がする。
俺は、鬼の形相で怒る母さんを想像して身震いした。
「いや、メイは良くても……俺とキセキは駄目だろ」
俺はキセキの方をちらっと見る。
馬車の外を見ながら、ぼうっとしている。
まったく気にしていない様子だ。
──果たして付いてきてよかったのだろうか。
キセキと少し遊んでくる、と言ったきり──もう二時間くらい経っている。
そして、ここはどこだ。
大きな河を渡ったあたりから、田園風景が広がっている。
「アラタ、あんた親のこと気にしてるの?
親の許可取って出てきたらそれは冒険じゃなく——旅行よ」
「ち、違うよ。っていうかお前んちは平気なのかよ」
「知らないわ。親父はうろたえて騒いでいるかもね。ざまあみろ、馬鹿親父」
メイの父親──カイは、セブンスロッドの〝無の領〟の領主だ。
それに凄腕の剣士と聞いたことがある。
しかし、メイの言う通り──少し馬鹿っぽいところがある。
にしても、そんな毛嫌いするような人ではないと思うが。
……メイも年頃なのか。
俺は、少し不安になってきていた。
果たして、どこまで連れていかれるのだろうか。
そして、無事に帰ることができるのだろうか。
冒険と聞いて心が躍ったのは確かだが……。
いくらなんでも大胆な冒険すぎないか?
そんなことを考えていると──案の定、頭の中に母さんの声が響いた。
『ちょっとアラタ!今どこにいるのよ!』
エーテルリンク。式術を使った通信術だ。
これを使えるのは母さんと──ミサキ叔母さん、キセキの母親だけだ。
『えーと、今メイとキセキと……エルデネといる』
『エルデネ!?なんでまた』
『ちょっと、冒険だよ』
『はあ!?何それ?もういいわ。エルデネと話す』
母さんはそう言うと通信をぶつっと切った。
時を同じくして、キセキの所にもミサキ叔母さんから通信があったようだ。
「やばいな、怒ってるなこれは」
俺が呟くと、キセキはため息をついた。
「アラタのところはまだマシだよ。うちの母さんなんて、鬼神の如く怒っていたよ。場所も特定されたし。今すぐ帰って来いって」
俺は、ミサキ叔母さんがぶち切れているのを想像する。
小さい頃、何度か見たことがあるが──思い出すだけで身震いする。
「まあ……な。やばいもんな、ミサキ叔母さん」
「エルデネと話すって言ってた」
キセキが言った。
──つまり、今エルデネとミサキとうちの母さんで、三者通信が行われているわけか。
内容は想像がつく。
俺たちの冒険ごっこも、これで終わりか。
俺は残念な気持ちで、座席に座りなおした。
少し安心している自分もいたが。
エルデネが馬車を止めてこちらを振り向いた。
なぜか笑っている。
「やばいねー、ぶちぎれてたよ二人とも。私は人さらい、誘拐犯だって」
楽しそうに言う。
……まあ、子を持つ親からしたらそうなるか。
「で、どうする?帰る?」
にやにやしながら聞いてくる。
一体何を考えているんだ。
「帰るわけないでしょ!なんのために計画したと思っているのよ」
メイが即座に反応する。
──計画?
この冒険は……事前に用意されたものだったのか。
「いや、いいよ。若いうちは見聞を深めたほうがいいって、父さんも言ってたし。行こう」
キセキが答えた。
え?マジで?
そんなこと言うのか、あの人。
俺はいつもぶつぶつ言いながら色んな研究をしているタツオ叔父さんの姿を思い浮かべた。
うちの父さんは──何ていうだろうか。
そもそも、俺に興味あるんだろうか。
俺は、少し寂しい気持ちになったが──意を決して言った。
「いいよ。行こうぜ。大陸とやらに。父さんたちも行ったことないんだろ。
大人たちをびっくりさせてやろうぜ」
正直──背伸びをした。
不安が半分以上、期待が少し。
それでも──退屈な日常が何か変わるなら、今しかないのかもしれない。
「へえ。あのヘタレアラタが言うようになったわね」
メイが感心したように頷く。
「うるせえな……そのでかいケツ揉むぞ」
「あっ!あんた……言ってはならないことを言ったわね」
メイが背中に背負った剣に手をかける。
──まずい、殺される。
「おっけー。じゃあ、いざナギラ岬に向かってしゅっぱーつ」
エルデネは上機嫌にそういうと、再び馬車を走らせた。
ナギラ岬って……どこだよ。




