第三十九話 エルデネと、残された俺たちと。
「残念だけど、旅はここまでだね」
エルデネが呟いた。
──なんだ?何を言っている?
「アイネが……さらわれたんだぞ!助けにいかなきゃ」
俺は、気が付くと泣いていた。
──目の前に起きている事実を、感情が処理できていない。
「うん。そうなんだけど。私の責任は、君たちを安全に連れて帰ることだからね。式術が効かない相手を敵に回して、これ以上旅は続けられないよね」
「ふざけんな!アイネは……仲間だろ!」
俺は、デュランに捨てられたアイネのブレスレットを拾った。
まだ過ごした時間は短いかもしれないが──アイネは、俺たちの仲間だ。
「アラタは、アイネを救わないと帰れないってこと?」
「当たり前だろ!」
俺は、叫んだ。涙と鼻をすすりながら。
エルデネは、少し考える素振りをする。
──考えることなんて、ないはずだろ。
いますぐ追いかけて──取り戻すだけだ。
「エルデネ、行こうよ」
キセキが、代わりに言った。
「私が全員斬ってやるわ!」
半狂乱のメイを、ラウルが止めている。
少し経つと、エルデネが言った。
「うん。やっぱりそういうよね。君たち全員、意見は一致していると」
「なんだよ、何を考えてるんだよ」
俺は何とか立ち上がる。
「じゃあ、こうするしかないね」
そういうとエルデネは式術を発動した。
──紫の霧が立ち込める。
「おい、エルデネ、何を……」
「アラタ。多分この中で一番頭がいいのは君だ。──アイネを助けたいと一番思っているのも君だと思う。だからこそ、約束して。
目が覚めたら──皆でロッドに帰って」
「目が覚めて……?おい……エル…デネ……」
霧に包まれた途端、睡魔が襲ってくる。
ドリームヴェール。
眠りの式術。
遠のいていく意識の中で、エルデネの声が聞こえる。
「私が、必ず取り返してくるから。ロッドで待ってて。約束だよ」
……一人でいくつもりか?
式術が通用しない相手って言ったのは……お前じゃないかよ。
走り出すエルデネの背中を見ながら、俺の意識は、完全になくなった。
目が覚める。
太陽は落ち始めている。
どれくらい、眠ってしまったのだろう。
少なくとも、数時間は立っていそうだ。
エルデネの紫の霧はその場にいた全員を眠りに落とした。
ロイスの従者たちも、全員眠っていたようだ。
先ほどの出来事が、悪い夢だったらいいのに。
そう思う気持ちを、目の前に残る黒い影──ロイスのいた証がかき消す。
現実だ。
──ロイスが死んだのも、アイネがさらわれたのも。
そして、エルデネが一人デュランたちを追っていったことも。
「おはよう。アラタ」
俺の前に、メイが立膝で座っていた。
先に目が覚めていたのか。
キセキとラウルは、まだ眠っているようだ。
「メイ。さっきのは……現実だよな」
声が上手く出ない。
泣いたせいだろうか。
「残念ながらね」
メイは、少し目を落としながら言った。
俺は、唇を噛んだ。
俺の——俺のせいだ。
この大陸に来て、全てが順調に進んでいた。
親たちが心配するような危険など、何もないと思っていた。
エルデネがいれば、大丈夫だと思っていた。
完全に——油断していた。
式術の通用しない敵。
そんなこと、考えもしなかった。
そのせいで、アイネはさらわれた。
俺は、ゆっくりと起き上がり、キセキとラウルを起こした。
周りの従者たちも起き始める。
先ほど起きた出来事は——ロイスの影が示している。
市長が、目の前で帝国によって処された。
この街——いや、ガリアだけじゃない。
ブルドア国全体に、動揺が走るはずだ。
しかし、それよりも——。
アイネを——助けなければ。
俺の頭の中はそれだけだった。
「みんな。行くぞ。まずはエルデネを探そう」
俺は言った。
「そうこなくちゃ」
メイは、肩を回す。
「待て、落ち着けよアラタ」
ラウルが俺の肩を掴む。
「落ち着けるわけないだろ!アイネが——さらわれたんだぞ。エルデネもいなくなった」
俺は叫びに近い声で言った。
「アラタ、多分アイネはすぐに危害を加えられることは、ないと思う。アイネのことを〝候補者〟ってあいつらが言ってた。焦るより一旦落ち着こう」
キセキもラウルに続く。
——キセキの声で、少しだけ冷静になる。
「お前が取り乱してどうするんだよ。このパーティの頭脳はお前だろ。あいつらがどこへ行ったかも分からない。まずは、この国からアーカーシャに近づく方法から考えねえと」
ラウルが言った。
確かにそうだ。
ランクを上げる作戦は——完全に失敗に終わった。
別の手段で、あの壁を越える方法を考えなければならない。
俺は、深呼吸をした。
「そうだな。ラウル、キセキ。ありがとう。
メイ、一旦剣を納めてくれ。
まずは、作戦会議だ」
俺がそういうと、キセキは安心したように笑った。
俺は続ける。
「ただ、これだけは絶対だ。
——必ずアイネを助け出す」
俺の言葉に、みんな頷いた。
良かった。エルデネの忠告は無視する形になるけど。
このままロッドに帰るなんて、できるわけない。
その気持ちがみんなと一緒だということが、何より嬉しかった。




