第三十五話 カラミティアルと、ロイス市長と。
業火が部屋の壁に衝突する。
火力を凝縮し絞り込んだそれは、さながらレーザービームのように壁の一部を消し炭にし、大きな穴を開けた。
幸い、部屋は一階だ。
俺たちはそのまま部屋を飛び出た。
大きな音に気が付いた人々が遠巻きにこちらを眺めている。
俺たちは、それを無視し、そこから見える一番高い建物に向かって走った。
「大体、権力者は一番高いところにいるっしょ」
エルデネが呟いた。
経験則なのか、一般論なのか。
俺たちはそれに付いていく。
相変わらず、エルデネ、メイの速さは異常だ。
ラウルでさえ遅れている。
俺は遅れているメンバーにブースターをかけた。
身体能力の向上。
なんとか追いつくと、二人は既に市庁舎らしき建物に到着していた。
「よっしゃ、乗り込むよ。──でもその前に」
市庁舎の周りには、騒ぎを聞きつけた兵隊たちが集まってきていた。
「駆逐していい?」
エルデネが言った。
俺はそれを止める。
「相手の出方が分からないんだから、いきなり殲滅はダメだろ」
「じゃあ、私たちの出番だね」
メイが剣を握る。
「ラウル。修行の通りよ。殺さず、倒す」
「へいへい」
ラウルは慎重したばかりの件を抜いた。
「メイ、頼む」
俺はメイの背中にブースターをかける。
「うーん。効く効く。アラタはがっちり交渉してきてね」
メイはそういうと兵士たちの方に駆け出していった。
なんやかんや、頼もしい。
しかし、兵隊十人くらいいるぞ……?
大丈夫なのか?
俺たちが市庁舎に乗り込もうとすると、あたりに声が響いた。
「お前たち、やめろ。返り討ちになるだけだ」
少し高い、男の声。
良く通る声だ。
振り返ると、そこには若い男がいた。
二十代に見える。
灰色の長い髪の──中世的な男だ。
「皆さん、荒っぽいですね。初めまして。ロイス=グラドール。
この街の市長です」
いきなり俺たちを閉じ込めたのは──女性にも見えるような、この細い男だったのか。
兵士たちは、剣を鞘に納め、ひざまずいた。
──規律がしっかりしている。
騎兵団から反感を買っていたダゴスとは大違いだな。
「パルファムから来ました。アラタ=カタギリです。
少しお話できますか」
俺が言うと、ロイスは頷いた。
──所作の美しい男だ。
「ようこそ──別の大陸の方々。事情を説明させていただきます。
中へどうぞ」
そう言って、市庁舎の中に入っていく。
どういうことだ……?いきなり俺たちを監禁するような人間に見えない。
少なくとも、ダゴスよりはよっぽどまともに見える。
しかし、油断はしないようにしよう。
俺たちはロイスに続いて市庁舎の応接間に入った。
戦いの準備をしていたメイは、少し肩透かしを食らったような顔をしている。
──戦闘狂かよ。
部屋は先ほど監禁されていた部屋と似ていた。
「しかし、いきなり部屋を破壊するとは──なかなか過激な方々だ」
ロイスはお茶をすすりながら言った。
「いきなり部屋に監禁するのもどうかと思うけどね。
わざわざ式力を奪う部屋に」
エルデネが、返した。
──言葉にはとげがある。
「失礼。その点についてはお詫び申し上げる。
ダゴスの真意が図りかねたので、一旦の措置だ。
申し訳ないが、馬車の積み荷は検めさせてもらった」
……全然信用ないじゃないかよ。
まるで旧知の仲みたいに言ってたくせに。
「ダゴスとは……知り合いなんですか?」
俺は聞いた。
「私の……師にあたる。私をこの政治の世界に導いたのも、彼だ。
だが……少し強引に物事を進めすぎるきらいがある。
それゆえにパルファム行きになったのだ」
……こっちでもなんかやらかしたんだな。
だから左遷されたのか。
「で、私たちの潔白は証明されたわけ?」
エルデネが不満そうに言った。
「──少なくとも、馬車に危険なものは見当たらなかった。
今話していても、敵意は感じない。
こんなに式術者が並ぶのは初めて見るがな」
ロイスは、俺たちの頭を一瞥した。
「俺たちは、アーカーシャの中心部に行きたいんですが、手伝っていただけますか?」
俺はロイスに聞いた。
「ダゴスからの書簡にもあったが……本気なのか?」
その問いに俺は頷く。
ロイスはため息をついた。
「……何か問題があるんですか?」
「ある。それに──時期が悪い。今は──帝国査定の時期だ」
「帝国査定?」
「君たちの大陸にはランクがないというのは、本当なんだな。
三日後──アーカーシャから査定員がやってくる。
数日間の滞在で、この街──ガリアのランクが決定される」
俺たちは、ダゴスの言葉を思い出した。
科学の発展状況、式術者の状況、領土の規模──
ダゴスが認識している、ランクの基準。
「それの……何が問題なんですか?」
「査定期間中は、民の移動が制限される。ただでさえ堅牢な国境壁に、更に警備が増強される」
なるほど。監視の目が厳しくなるということか。
「それに──そもそも上位ランクへの移動はできない。
ドラールに入るには最低でもランクBが必要だ。
今のガリアでは、ランクBに到達していない」
「壁なんてぶっ壊せばよくない?」
エルデネが言った。
「……壁の向こうでいきなりお尋ね者になりたければそうするがいい」
ロイスが呆れながら言った。
「すいません、ロイスさん。ちょっとこの人おかしいんです。
──なんか手段はないですかね」
俺は、エルデネを制して言った。
ユグラシア大陸の人に、ロッド大陸人は野蛮な民族と思われては困る。
奇しくも、言語は通じる。
であれば、話し合いで解決することのほうが多いはずだ。
ロイスは少し考えてから言った。
「手っ取り早いのは、ランクを上げることだが……科学力は昨年と比べて伸びてはいない。このままだとランクCで据え置きだろう」
ランクを上げる条件は、分かっているものが三つ。
科学力。
領土。
そして──式術。
俺は、思いついて言った。
「エルデネ──この人を、ガリアの民と言うことにしたらどうでしょう」
「なに?」
「ダゴス市長は、エルデネを見て、カラミティアル、と言っていました。
式者としてのランクは相当高いはずです。それを国民ということにしてしたら──ランクアップに影響しますか?」
俺が言うと、ロイスは目を見開いたあと、少し考え込んだ。
「確かにそれは──可能性はある。だが──アーカーシャを騙すのは──危険が大きいか……」
悩んでいる。
倫理観や、危険性との兼ね合いのようだ。
ここは──押しどころだ。
「過去、ガリアがランクBになったことはあるんですか?」
俺は、ロイスに聞いた。
「──ない。十五年前にランクC認定されたばかりだ。
その時は、ダゴス師匠がすさまじい活躍をしたと聞いている。
我々も文明の発展を急いでいるが──
科学レベルで言うなら、あと数十年──いや、百年以上はかかるだろう」
「もしランクBになったら、帝国から科学技術の提供があるんですよね?」
「ああ。恐らく、飛躍的な発展ができるはずだ。アーカーシャ中枢部は、我々の数百年先のレベルと聞いたことがある」
「少しの危険で、百年を買える、ってことですね」
俺は言った。
ロイスの心が、大きく動いた音が聞こえる。
「──何か考えがあるのか?」
乗ってきた。
策を聞いたら、人は実行してみたくなる。
悔しいけど──これも父さんの口ぐせだ。




