第三十一話 近づく科学と、眠れぬ夜と。
宿屋の外を見る。
フォルランというこの街の景色は、パルファムとはずいぶん違う。
当面の旅費は、ファングが用立ててくれた。
世話になった例、だと。
この大陸での通貨を持っていない俺たちにとっては、非常に助かる。
おかげで野宿ではなくこうしてベッドで眠ることができる。
ガリアに近づくにつれ、少しずつ街の景色は変わっていった。
パルファムでは土だった道は石畳になり、舗装されている。
蒸気機関の気配はまだないが、そこかしこで利便性を向上させる道具が使われている。
パルファムはランクEと言っていた。すると、このあたりはランクDにあたるのだろうか。
俺はそんなことを考えていた。
ベッドには入ったものの、なかなか寝付けない。
隣のベッドのキセキは、すやすやと寝息を立てている。
顔は、赤ちゃんの頃とたいして変わっていない。
それが少しおかしくなる。
少し外でも散歩しようと部屋を出ると、隣の部屋からアイネが出てきた。
「うわっ、アイネ。どうしたんだよ」
思わず声に出てしまう。
「……アラタ。眠れないから、少し外でも出ようかなって」
「こんな時間に…危ないだろ」
「アラタは?」
「俺も……散歩でもしようかなって」
俺が言うと、アイネはくすっと笑った。
「じゃあ同じだね。アラタがいるなら──安心だね。一緒に行こ」
そう言って、アイネは先に歩いていった。
俺は、突然訪れたできごとに戸惑いながら、アイネの後をついていった。
……二人で……夜の散歩だと……!?
これは……神がくれたご褒美だ。
そうに違いない。
俺は、アイネに見えないように小さくガッツポーズを取った。
外に出る。
深夜の街は静かだ。
俺たちは、宿の周りをゆっくりと歩いた。
月明りが、やけに明るく見える。
「この街は、すごいね。ユルガン族の私からしたら……別の世界みたい」
アイネが言った。
「ダゴスの話だと、ガリアはもっと発展してそうだよな」
俺は、まだ見ぬ街を想像して言った。
蒸気機関が活用されているというガリアは、恐らくアルカディアと同じくらいの科学水準だろう。
だが──それでランクCだと言う。
アーカーシャの科学は、どこまで発展しているのだろう。
それこそ、父さんとタツオ叔父さんが目指しているという「式術と科学の共存する世界」の答えが、
そこにあるのだろうか。
「アラタたちと旅をしてまだ数日だけど……色んなことをいっぱい知った。
私は、狭い世界で生きてたんだなって分かったの。だから、すごく楽しい」
「俺は、ユルガン族の人たち好きだけどな」
俺は、テムルやアイネの兄妹を思い出して言った。
別の大陸から来た正体不明の俺たちをあったかく受け入れてくれた。
確かに文明はないかもしれないが──みんな幸せそうだった。
「アラタの育ったところ……アルカディアだっけ。どんなところだったの?
科学が発展してたんでしょう?」
「うん。ロッド大陸の中でも、一番最先端だった。乗り物も蒸気の力で動くし、人間じゃ出せないすごい力で金属の加工もできる。タツオ叔父さんは、電気ももうすぐだ、って言ってた」
「タツオ叔父さん?」
「キセキの父さん。科学長官をやってるんだ。ちょっと変わっているけど……ものすごく頭がいいんだ」
「へえ。アラタのお父さんはどんな人なの?」
不意に言われて、俺は少し戸惑った。
「うちの父さんは……アルカディアの議長。だけど、どんな仕事をしているかは……あまり分からない」
「議長?じゃあ、一番偉いってことじゃない。すごい!」
……言われて複雑な気持ちになる。
確かに父さんはすごいのかもしれない。
でも、別にそれは、俺には関係ない。
「アイネのお父さんだって、ユルガン族長だろ。一緒だよ、一緒」
俺はそう言って、少し速く歩いた。
こんな話をしたかったわけじゃない。
「あ、待ってよ」
アイネも足を速める。
月明りだけを頼りに、歩く。
まだ、街灯は設置されていないようだ。
アルカディアは、大きい道には設置されていて、夜でも歩くのに困らない。
急に足早になったアイネが石につまづき、転びかける。
俺はとっさにそれを支える。
一瞬、顔が、近くなる。
その黒い瞳と、黒い髪が、まるで宝石のように輝いて見える。
俺は、鼓動が早くなるのを感じた。
「ねえ、アラタ。私、悪い子だよね」
態勢を戻しながら、不意にアイネが言った。
「……なにが?」
「ユルガン族の仕事、ぜーんぶ放り投げて、旅についてきちゃって。
きっと父さんたちは怒ってるんだろうなあ」
少し、心配そうな顔をする。
「だったら、俺たちも一緒だよ。親たちに黙って勝手に大陸出てきちゃったんだから。
もう一か月くらい経つしなあ」
「え……?そうなの……?」
「そう。だから皆、悪いことしてんだって。テムルさんに怒られたら、
俺も一緒に怒られてあげるよ」
俺は少し頑張って、言った。
なんだか、恥ずかしいけど、今の俺の精一杯の言葉。
「やった!頼りにしてるね、アラタ」
嬉しそうに微笑むアイネ。
……思わず抱きついてしまいそうになる。
しかし、それをぐっとこらえながら、俺は言った。
「そろぞろ宿に戻ろうか」
「うん。アラタと話せて、よかった」
……破壊力抜群の言葉である。
俺は思った。
きっと、宿に帰っても更に眠れないだろうな、と。




